★2024年9月23日 秋休みは絶好の掃除日和り~お天気のいい日はまず、掃除から始める【暮らし・秋大掃除】

【ブログ新規追加485回】

シルバーウイーク。毎日いいお天気続きで、都心の下町を探訪したり、早めのお墓参りも済ませ、中秋の名月も堪能できた。

これだけお天気がいいとやることは、さらなる行楽?いいえ、掃除よ(笑)

12月の寒い時期に重い腰を上げて、一年の総清算をするが如くの大掃除が苦手。だって、無理がたたって風邪ひいたり、腰痛になったらお正月も楽しめないじゃん。

だから、秋を迎える8月最終から9月の一ヵ月は毎週予定を組んで段階的にモノの片づけと掃除をしてきた。

で、とうとう、最終の段階に入った。それは夫の領域(書斎と本棚)だ。

ある意味、我が家の鬼門だろう(笑)

本人も薄々感じていたらしい。何しろ本や紙類を詰め込んでいて使い勝手がめっちゃ悪いと。

それを聞いたわたしは「ワクワク~!」だ。片づけ魔の血が騒ぐ。

夫は、9月中旬、毎週のように大きなゴミ袋を捨てているわたしに戦々恐々だった。

手伝うどころか、「もうやめなよ。まるで終活みたいじゃなないか!」と。

まあ、わたしのモノ捨ては容赦ないやり方。はたで見ている方がハラハラするらしい(笑)

初めに手をつけたのは、クローゼットの中の服。売ったり捨てたりでほぼ処分できた。

もう、着ない服にスペースを使う必要はなし。

「使わずに持っているだけで安心する」というメンタルを持ち合わせていない分、わたしにとっての片づけや掃除は「ワクワクするアクティビティ」一色なのだ。

使わないモノ、しまってあるだけのモノはすべて売るか、捨てる。家族の思い出は随分と前にカメラで写真データを撮り保存してある。もう現物は要らない。

壊れた家具、家電は直したり捨てたりでほぼ完了。

クローゼットの空きスペースに、夫の趣味の釣りや絵やキャンプ用品をきれいに保管する。

とにかく、カビとほこりとの戦いだ。ウイルスとの戦いも2年を過ぎようとしているが、カビとほこりとの戦いは嫁に来た22歳の頃から延々と続いているのだ。

カビとほこりを退散させれば、異臭も病気も寄せ付けにくくなる。

この戦いをスケジュール通りに達成して、夕方飲む一杯のビールの美味さは計り知れない。

きれいになった家で、美味しい食べ物と旨い酒を頂くのは最高の贅沢だと感じる。

しかし、休みを丸まる全部掃除に使うなんてしない。だいたい朝から昼までで終了。午後は休みらしい行動をとる。

今日は、午後から秋の花を求めて、とある丘陵へ行く予定。

芸術とスポーツの秋を味わう前の準備というか「我が家の儀式」を書いてみた。

どう?秋大掃除最高よ。

ぜひ(笑)

十五夜には少しだけ時間を取って夜空を見上げる~住んでいる地域のお月様の出る時間を見ておこう【暮らし・中秋の名月】

【ブログ新規追加483回】

2021年9月21日は十五夜。

実に8年ぶりの満月となるそうだ。

朝から、お月様の話題で始まるTV番組で知った。

で、東京の中秋の名月出没時間は18時07分!だって。あと30分しかない!(今、18時15分だけど、すごい雲でまったくお月様の影も形もない!8時頃にまた見てみるとする)

急いで、ブログを書き終えてじっくり鑑賞したいものだ。

各地の出没時間を調べてジャストなタイミングでお月様に出会いたい。

ほんの少しだけ用意したお月見だんごはこれ!うさぎのお皿にのる小さな黄身団子。塗りの盆にのせてみた。

それと、地元の名酒も用意した。地酒を集めたコーナーが素敵なローソンで。

地酒の味が楽しみ♪

来年を占う2022年ノートも100均で購入。

そうそう、今日は両親のお墓参りをして、とても大切な書籍の事前予約も済ませてきた。

清々とした気分でお月様を見るために、こまごましたことをきれいに済ませておいた。

昨晩遅く11時すぎにフライングで月の写真を撮っておいたの。もし、今日曇ったら撮りそこなうじゃない。

とか、色々と準備しつつ十五夜を楽しんでいる。

いいな。こういう風習は。

国民の休日の話~明日からシルバーウイーク【暮らし・旗日】

【ブログ新規追加479回】

今朝、TVから流れてきたアナウンス「来るシルバーウイークには、お家で楽しむボードゲームはいかが?」と。

なぬ?シルバーウイーク?

ああ敬老の日ざんしょ?!

でも、とっさに壁の紙カレンダーに目をやれば、なんと3連休じゃない。

これって、ずいぶん前に「ハッピーマンデー」とか言われた休日ずらしのこと。

何だか、忘れていたというか懐かしい。

毎日、手帳でスケジュール管理を未だやっている。Googleカレンダーは面倒でいつのまにやら封印。

会社のWEBカレンダーに仕事の予定を書き込んでこなしたら、紙の手帳にちゃんと書き込む。(仕事の手順は、営業予定の記入→営業実施→個人の手帳に記入→日報で報告)

ここまで一連の動作に最後、重要な請求がある。

請求でミスなくするには2重にするのが簡単でよい。

だから、2重だけれど一番手堅い方法をずうっと続けている。

そろそろ2022年手帳も買おうかな、とか考えながら当分このスタイルでスケジュール管理を続ける予定だ。

しかし、今年は東京オリンピックがらみの休日ずらしが多発中。

わたしは、ちっともこの休日ずらしには慣れていなくて、直前か当日に気がつく!なんて場面も多々あった。

9月20日は敬老の日でしょ。

9月23日は秋分の日。

このあたりはハッピーマンデーでずらし休日だけど、旗日だから仕事には影響はなし。

ただ、この先間違えやすい祝日が10月11日スポーツの日(旧・体育の日)だよ。

すでにオリンピックがらみで7月に「スポーツの日」って終わっているから、10月11日はカレンダー上ではハッピーマンデーで3連休だけど平日となる。

でも、紙のカレンダーでは10月11日は旗日で赤い。

もうね。デジタルと去年に印刷された紙のカレンダーや手帳には「危険なトラップ」がたくさん!

夕べも壁のカレンダーをにらみながら、10月9~11日の3連休にはどこの山に登ろうかな?とか無意識に想像を巡らせてたのね。気づいた時の悲しみ(泣笑)

3連休って、ちょっと長めでわたしは「トキメク」んだよね。

それが、平日?仕事!と、急に気分が削がれて萎むの。

ほんと、間違えそうでヤバイ。

さて、今日は事務処理を徹底して行う日として前半休している。

午後からは動くのでこの辺でブログは終わろう。

しかし、みんな、休日ずらしやハッピーマンデ―にストレスは感じない?

昔の決まりに決まった「旗日」がいいんだけど。

「休日を変えない党」とかありかも(笑)

さて、今日もしっかり働こう。

明日からシルバーウイークだから(笑)

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暮らしの中の小さな変化をしっかり受けとめる【暮らし・変化】

【ブログ新規追加476回】

この数年、特にコロナ禍で変化した「己の気持ち」を書いてみた。

50代に入ってから3年の間、ブックレビューライターを仕事でやっていた。

それは「本を読んで内容をとりまとめる」という仕事。

自分の感想は一切書かない。というか「本の内容」をわかりやすく書くのがお金となる部分で、個人的な感想はまったく要らないものだ。

ライター3年間のわたしの読書スタイルは、読書そのものを楽しむのではなく、「アウトプットがメイン」の仕事脳読書だったのだ。

それは、本を読み終わってからが「勝負」の世界とも言える。

その本のタイトルが示す場所(急所)を見つけ、急所を中心にそれこそ「秒で内容を書き起こす!」という技を身に着けた。               

では、今はもう仕事(お金を目的とした)で文章は書いていないから、本を読む気も、楽しむ気も、うせちゃったのか?

答えはNOだ。

さらにどんどん読みたい本を手元において読み続ける日々。まるで点滴で栄養を注入するかのように。

「仕事じゃなければちゃんと読まない」という人間にならなくて良かった。

コロナ禍という行動制限は、わたしに読書をより楽しむ「本を真読する」という絶大な機会を存分に与えてくれたんだ。

             ★

一方、コロナの影響で仕事先は減少を続けてきた。営業が営業先を失う・・・

この状況がじわりじわりと、わたしの気持ちを苛んだ。

行動制限というか見えない制約の中で、営業活動を自分なりに最適化するしかなかった。

また、行動制限の中で一番苦しいと思ったのは、「自由に遠くへ行けない」という制約だとも感じていた。

窮屈さも2年を過ぎて慣れてはきたが、まったく不完全燃焼極まりないものだよね。

旅が最大の趣味だったわたしの「いじいじとした気持ち」をいなしてくれたのは「本」と「里山を歩くトレッキング」だった。

いつ取り組んでも、必ず「ゴール」という景色が現われる。この素晴らしい趣味=生きがいが、わたしを心底救ったのだ。

もう、遠くに行けなくても、お酒が外で飲めなくても何でもない(笑)

わたしには「本」と「トレッキング」がある。

              ★

夜は早めに寝て、早朝の散歩から一日をはじめる。

一日の中にはリアルに人と会い、話を楽しむ時間があったり、オンラインで人に会うこともある。

コロナで少なくなった仕事も愛おしく丁寧にこなし、夕方にはこうしてささやかな文章を書く。

寝るまでは、ずっと読みたかった本をやっと手に入れたので、それを堪能する。

しかも、今月は家中のモノをぐっと減らし早めの大掃除が終わった。秋の大掃除、これはイケる!

コロナ禍でもたらされた多様性を自分らしく最適化すれば、案外毎日が充実するんだなあ~と、実感している。

こうして、わたしの暮らしも最適化のおかげでどんどんシンプルになり、たくさんの本を読むことで多様性を磨き、街や山を歩く日常が健康を保つと。

書いてみて、楽しいことしかない!って気づいた。

良かった(笑)

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★2024年9月11日更新 日々の生活で「強く頑張ってしている」ことってある?~意識して取り組む小さな挑戦【暮らし・挑戦】

【ブログ新規追加473回】

今の住居に越してきて今日で満7年。

当初は、近くに住む母の闘病を支え介護をするために一気にわたし達夫婦の家をたたみ、とりあえず住みやすい小さな家を構えた。

この7年の間には闘病を闘い切った母を看取り夫の両親をも続けて看取った。

3人の親たちの旅立ちに際してわたし達に求められていたのは、葬儀、3件の家じまいとお墓の管理諸々金銭の調達で、心と体との調整とお金の調達がすべてだった。

毎日、祈り続けていたのは「どうか、すべてが順調に執り行えるように!」と。

その後さらなる試練が。

夫の急性心筋梗塞発症により約3年の間6度の手術と入院。さらなる金銭面での死闘が始まった。いくらしっかり働いても我が家の経済はそりゃあ、もう瀕死。

それでも、わたしは安定を約束されていない毎日をせっせと「その日を生き切ることだけに集中」した。

それはなぜか。

集中すると、周りの一切を忘れられるよね。

仕事であっても、人と話すのであっても、遊びに行っても。そう、どんなご飯であっても美味しく食べるとか、ブログを書くのでも。全部全力で向かえるように意識してきた。

もうね、「適当」も「やっつけ」もなしで挑戦一筋だった。

そんな「自分に悲観する暇を与えない生き方」がとことん性に合って、これ以上悪くなる気がしなくなったのだ。

人の生き死にを立て続けに3回も経験し、家じまいは信じられないほどのモノとの戦い、これも3回経験した。

何でも3回続けて経験すると達観するものだね(笑)

「もう、大丈夫」と。

               ★

まず、大波を4年余りで乗り越えた。

で、気づけば、わたしもずいぶんと体のあちこちがきしんできて、足腰に粘りがなくなってきた。

これじゃあ、次の世代(60代)になっても輝けないじゃない!」と、自分に喝を入れ始めた。

この7年間ずいぶんと良く歩くようになったのだが。もう少し「強化」しようと思いたったのがこの2年間のコロナ禍だ。

ウォ―キングやトレッキングは気持ちの面でも張り合いが生まれるし、何より腸の調子が良くなるの。

これって、歩くのを止めたら大変な不調になるかもしれない。

さらに、今では「低山ハイク登山」もするようになった。

要するに、わたしのこの7年の間にやった「強化」は歩いて行けるところはすべて歩くという挑戦。

面白いのは、毎日かなりの距離を歩いていると、どんどん体が「楽」になってくるのだ。

ただ、楽になっても、集中力を保つのが「得意」なわたしでも、電車の一駅分歩いちゃおう!とかは絶対にやらないようにしている。

心肺機能が鍛えられても、筋肉のつくペースは簡単には上がらないから。

だから、急いでベースアップに加担しない。アキレス腱も痛めたくないし。

わたしの悪いクセで「焦って根を詰める」これで体の故障を繰り返してきたんだ(泣)

もう、今後はメリハリの神様に見放されないようにしなくっちゃ!(笑)

さて、あなたは何を「強化中」?

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★2024年9月2日更新 あえて難しいことをする楽しみ~自分の力でできることはやる【暮らし・自力でやりとげる】

【ブログ新規追加464回】

いわゆる難しくて困難だがあーだ、こーだと、思考を巡らす=「試行錯誤」とは、課題が困難なとき、何回もやってみて、失敗を重ねながらも段々と目的にせまって行くという仕方。

すべてのモノゴトを指すわけではないにせよ、己の力でやってみる「良さ」を実感したい年頃だ。

昨日の話。

8月請求を起こそうと、PCの請求ファイルを開くと、いつものフォーマットがない!

フォーマットがなければ、請求業務ができないじゃん!他のファイルに入っていないか?探すこと20分。

そして、この春に上司から送ってもらった最新フォーマットが見つかり、さっそくインストール。

ほっと胸をなでおろしたよ。

いつもは、このフォーマットを開いてサクサク作業し、日報との照らし合わせやら、経費の計算ミスなどないか?確認を幾度かする。

システムの管理に対する意識が薄いし、写真や画像ファイルなんかは使った端からどんどんゴミ箱行きだし。

だから、フォーマットなくすんだよ(泣)

とまあ、タイトルの試行錯誤からは程遠い、どーでもいい話だが、実は大切な話でもあるのだ。

それは、「緊急事態に陥った時にどのくらい落ち着いて現状を調べること」ができるか?

無事、「原因が確認できるまであきらめず自分の力を出し切れるか?」など。

大事な「セキュリティの管理、運用、メンテナンスなどの手順を人任せでなく、己のものにできている」か?

こんな問いかけが降りかかってきた月初めだった。

そうそう、PCやスマホの中身(情報や画像)の整理や消去はほぼ毎日やっている。溜めるのが嫌で。

で、その流れで家中の片づけを開始してしまった。

8月後半、それまで抑えていた「片づけ癖」のタガが一気に外れて、家中の引き出し、押し入れ、タンス、靴箱、洗面台の戸棚まですべての収納物を精査して、大量に使わないもの、要らないものの処分ができたんだ。

ああ、この日をずっと待ちわびていた。(わたし自身の衣服などは、オールシーズンでスーツケース1個分。かなり少ないよ。今から着るものだけだから。)

家中のすべての収納を片付けたので、今は見違えるほどすっきり!

モノに占領される暮らしから、少しの最適なモノだけで暮らしているのだけど充分生きていける(笑)

言い古された言葉だけど、「持たない暮らし」は最高の循環を生む。

これまでも試行錯誤しながら、無駄に買わないで小さな我が家を暮らしやすく整えてきたが、ここで古いモノや使い古したモノたちは捨て、新しいモノと入れ替えて気持ち良く整えられた。

毎日一箇所づつ、一週間かけて捨てたり、売ったり、買ったりを繰り返していた。

おおごとにはならずに済んだので良かった(笑)

要らないモノや粗大ごみも適度に片づけないと、おおごとになっちゃう。(わたしの友人は20年分のゴミに30万円をかけて業者に頼み捨てていた・凄)

こんな地味な片づけ作業は自分でやり切るのが一番いい。

そして「要る・要らない」に関しては「いつか」ではなく「いま」なのだ。

今、要らなければ処分する・・・いと(非常に)、簡単でしょ(笑)

PCのメンテナンスなどは、一つ一つ自分でやっていくのは時間もかかるし大変だが、その分知識と経験が得られるから、自分でやり切る価値は大きい。

難しいことは外注すれば解決しやすいが、できるところまで試行錯誤するのは意外なほど楽しいものだ。

わたしは、片づけとPCのインストールでゲーマーの気分を味わったよ。

クリアするっていう最高の気分を! で、ど~でもいい話で1535文字書いた(笑)

9月1日「防災の日」~一年のうちにたった一日だけ防災・減災を真剣に考える【暮らし・防災の日】

【ブログ新規追加463回】

仕事で運転するあいだ、ずっとラジオ(TokyoFM)を流して走っている。

今日は、9月1日言わずと知れた後半はじまりの日であり、防災を考える日でもある。

例えば、東京神楽坂には「電信柱」はない。正確には神楽坂通り沿いには電柱&電線が無いのだと聴き「へえ~そうなんだ」とひとりラジオに向かって答える。

東電タウンプランニング株式会社のWEBより一部抜粋。

~神楽坂の場合、一般的な“無電柱化”とは少し異なり、地上機器が道路上にありません。街路灯に電力会社の変圧器と道路照明が設置された「ソフト地中化」と呼ばれる方式です。 この方式は、商店街などの人が多く集まる場所や歩道の幅が狭い場所など、地上機器の設置が難しいエリアに利用されています~

なるほど、WEB内の写真を見ると一目瞭然!電線の無い空はこんなにもすっきりとしているのか!驚きだ。(ぜひ、WEBを開いて見て!)

こういった東京にまつわる防災関係の情報を運転中、ずっと聴いていた。

いやでも防災への意識は高まったと思われる「防災の日」

そうえば、仕事先でも9月1日はセコムへの安否確認という勤務外での仕事というか登録がある日だ。

おかしいのだが、「自分だけは絶対に大丈夫」だとみんな思い込んでいるのだと、防災セミナーで聞いたことがあった。

実際は、深い坂の底で大雨による車の浸水を経験した同僚もいたし、わたしも上司から大雨の日、集中豪雨警報の出ていた場所での営業を即座にStopするように連絡が入ったこともあった。

電車の遅れや緊急での停まり、車ではなおのこと外営業は何かと自然災害には無関心ではいられないものだ。

今日はこれまでの残暑がウソのように21℃・・・寒いぐらい(笑)

自然の驚異を肌で感じながら、自宅周辺のハザードマップを開いてみた。

いつでも見られるようにと手元にあっても、普段はまったく見ることもない。要するに「自分は大丈夫」だと思い込んでいるから。

で、今日ラジオで聞いた「現在の自然環境の変わり目に自分でできること」のひとつが、「ハザードマップを見て、3つぐらいの避難先と行き方を前持って知っておく」ことだそうだ。

実際に、ハザードマップの通りに第一避難先へ行くもすでに満杯(コロナ禍のために収容できる数が少なくなっているから)で、他を当たるように指図されたケースが多発しているという。

と、こんな防災の情報を聴きながら外営業から無事に帰ってきた。お昼もテイクアウトで(笑)

何にもないけど、大きな気づきがあった9月1日。

一年にたった一日。

こうした身の安全を考える日があって有難いと感じた。

わたしも「三匹のこぶた」藁の家のこぶたにならないように(笑)

自分を越え続ける~この夏どれだけ叶ったのか?~考えてみた【暮らし・夏エッセイ】

【ブログ新規追加461回】

わたしは、もともと目標を立てて、新しいことがらにチャレンジするのが大好き。

その目指す頂きに向けて試行錯誤したり、新しい人に出会ったりしながら、自分で決めたゴールをクリアするのが何より快感というタイプだ。

目標を決め、実行し、ゴールすれば、おのずと次の目標も見えてくる。

今は、この数年続けてきた「山・トレッキング」に夢中だ。無理せず低い山から順々に攻めてきた。

もしもこの「山・トレッキング」という頂上が必ずある目標が、誰かと競ったり、誰かの期待に応えるためのものならばやってはいなかっただろう。

わたしが「山・トレッキング」に目覚めたのは、50代の自分の内側から湧いてくる純粋な「挑戦したい!やりたい!」という気持ちからだった。

さらに、わたしがわたしであるために「山・トレッキング」はどうしても欠かせない目標であり趣味になってきた。

その年代にふさわしい「自分を超える行い」がつくづく大事だと思いながら生きてきた。

「山・トレッキング」は、子どもの頃から続けてきた。アウトドア派の両親と日本中の山々へ出かけて楽しんできた経験がある。

しかし、自分ごととして行先を決めたり、行程を組んだりと事前準備から徹底してやっている今は、まだホップ・ステップ・ジャンプでいえば、出だしのホップというところを歩いているぐらい。

小さな一歩を踏み出した50代だが、最初の一歩がなければ何も始まらない。

そんな一歩はかけがえのない貴重なものだし、とてつもなく愛おしい。

「勇気」と「気力」と「体力」の総合戦が「山・トレッキング」なのだ。

で、このブログには、今まで数々の旅の記録を綴ってきたが、これからはアウトドアの記事がどんどん増えるだろう。

昨日の陣馬山・山行の準備↓

こんな持ち物でこんな山に登ったよ!とか。日帰りと泊まりでの準備の違いとか書く予定。

いつか、「自分の限界に挑戦できる日」を楽しみに、淡々と自分を超え続けて行こう。

ある登山家が言っていた。「山は可能性に溢れている」と。

本当にその通りで、登るたびに目標に向かい、己の強い意志によってやり切る情熱が溢れてくる。

そして、最後には「自分を信じる奇跡のような力」を得られるのだから止められない。

自分でプランニングして、自分を信じてやり遂げるのが最高だ!

パワーは内在しているものだ。それを引き出すのは自分自身。

さあ、9月。

コロナ感染症で生と死があまりに身近になったこの2年あまり。

毎日、必死で生きて行こう。

でも、目いっぱい楽しんで(笑)

多忙な日はあえて、空白時間を取る~究極の息抜き法【暮らし・タイムマネジメント】

【ブログ新規追加458回】

〇〇しなくちゃ!

〇〇をやらなきゃ!

こんな風に自分の課せられた「タスク」をこなしていくには、毎日の時間の使い方=タイムマネジメントが必要不可欠だ。

タイムマネジメントで生み出した大事な時間を、「課題」や「本題」にしっかりと費やし向き合うためには、「課題」の抽出や「本題」の掘り下げがさらに必要だろう。

そして、重要案件を充実した内容にするためには「それ以外の時間」をどう過ごすかにも大きなポイントが隠されているのだ。

仕事と仕事の合間のスキマ時間ほど「やろうと思っていた掃除」に向いている!

わたしは、キッチンテーブルでテレワーク(主に会議に参加)したり、ブログを書いたりしている。

とりたてて「仕事部屋」が必要なわけじゃないから。

ただ、そうなると仕事をしていても、キッチンや玄関、風呂、洗面、トイレなどの水まわりの汚れがひどく気になるものだ。

で、仕事と仕事の合間(例えば会議の休憩)などを、めっちゃ気になる場所の掃除に充てている。

もちろん、掃除用具は前もって会議の前に用意しておくの。

今までは通勤時間のあった出社日。その通勤時間がない分、こまごまとした家事一切が短時間で片づけられるようになった。

こうした15分休憩みたいなスキマ時間なんて、ネットを見ながらお茶飲んだら終わっちゃうじゃない?

そういった、小さな積み重ねが気持ちのいい家の実現に繋がる。

家の汚れは一旦始めたら止めどもなくやってしまうヤバイ作業だ(笑)

だから、ちょっとづつ汚れを溜めない工夫を仕事の合間に組み入れている。今ではすっかり定着してきた。

そして、仕事も終わって、きれいなキッチンや風呂、トイレを使う。一度に終わってしまえる快感も同時に味わえる。

で、仕事のあと、まとまった空白の時間を自分のために使う。

今後の仕事の行く先をシュミレーションして、課題を見つけ計画を立てるとか、年金が出るまでには「仮想通貨」の勉強も始めようか?なんて、まるでポイントを貯めるみたいに、生み出した空白時間を有意義に使っている。

空白時間は90分が最適!

空白時間はだいたい90分~これは大学の一講義の時間と同じだ。

わたしは大学時代この90分間でありとあらゆることをこなしていた。

90分あれば別の講義のノートをまとめたり、その日のスケジュールを決めたり、睡眠が足りない日は昼寝の時間(笑)にも充てていた。

音楽大学では一般授業、専門授業、ピアノ他の楽器や声楽のレッスン、2つのバイトなどで超多忙だった。

これはやってみてわかったが、自分の成長を図る時間がまったくない。

しかし、タイムマネジメントに目覚めてからは、時間をこじ開けるようにして、 自分の創意工夫で一定の時間を自分に与えることに成功した。

だいたい、大学から帰る道すがら、駅のカフェで90分を過ごしていた。ここで無心に考えることで考えるクセがつき、難題も解決できる自信がついたように思う。

それ以外では、早朝に大学の練習室を押さえて、ピアニストになるためのハードな練習時間を取ったり。

図書館では本を大量に読んだし、友だちとの遊び(合コンとか)集中して時間を使い込んでいた。

この頃から課題や本題に迫り向き合うために、わざと、空白の時間を作り出していたのだ。

忙しい日こそ、90分だけは自分のために死守しようという提案

たった90分。

自分のために使おう。

課題や悩み解決の糸口をつかむ思考の時間にするもよし。

な~んにも考えずにぼ~っとするもよし。

近所にできたばかりのカフェに行ってみるのも素敵。

90分だけよ。ぜひ、やってみて!

おどろくほどスッキリするから(LOL)

さて、わたしも90分空白するために、

車でちょっとの所にできたスタバにでも行ってこようっと。

手話の通じるSTARBUCKS~JR国立駅【暮らし・障がいを外へ】

【ブログ新規追加456回】

仕事先の国立駅構内(nonowa)に、手話が「共通言語」のSTARBACKSがある。もちろん普通に利用できる。今日も混んでいた。

                ★

2020年6月のリリース記事を添付する。

手話が共通言語となる国内初のスターバックス サイニングストアが東京・国立市にオープン
『スターバックス コーヒー nonowa国立店』 2020年6月27日(土)開業

スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社〔本社所在地:東京都品川区、代表取締役最高経営責任者(CEO):水口貴文〕は、2020年6月27日(土)、東京都国立市に聴覚に障がいのあるパートナー(従業員)を中心に、主なコミュニケーション手段として手話を使用し、運営する『スターバックス コーヒー nonowa国立店』をオープンいたします。

この店舗は、聴者と聴覚に障がいのあるパートナーが共に働き、多様な人々が自分らしく過ごし活躍できる居場所の実現を目指した、スターバックスのダイバーシティ&インクルージョンを象徴する店舗の一つです。スターバックス コーヒー ジャパンのCEO、水口貴文は以下のように述べています。「店舗のコンセプトは“Infinite Possibilities(無限の可能性)”。私たちパートナーの夢を店舗という形にしました。聴覚に障がいのあるパートナーやお客様にとって、ありのままの自分で居られる場所であり、障がいのある若者にとって夢や未来を描ける場所、そしてこの店舗を訪れた誰もが新たな気づきを得られる場所になればと考えています。」(記事全文参照)

「サイニングストア」・・・靜かなお店である。この店で手話を覚える人があとを絶たないのだそう。

「ありがとう」を覚えて、聴覚障がいを持つ店員さんとのやりとりをする人も多いと聞く。

この店は期間限定ではない。通常営業で「地域に根差した垣根のない誰もが利用できる」という素晴らしいコンセプトだ。

手話ができなくても、メニューリストから指差しで頼める。

脳出血の後遺症で言語障害を持つわたしは、この指差しオーダーがあるとどれだけ助かるか。

あれと、これと、こうして、ああしてと、ややこしいスタバのオーダー。あれは言語障害があると、面倒でとてもオーダーしようとは思わない。

痛いところをフォローしてくれるこんな店は本当に有難い。

                ★

さて、今日から9月5日まで東京パラリンピックが開催される。

今、仕事から帰って新聞で興味のある車いすバスケとかのスケジュールを見ている。

純粋にスポーツを楽しむというマインドになり切れないかもしれないが、これまで生きるためだけでなく、オリンピック選手として、普通では考えられない努力を重ねてきた障がい者アスリートたちの熱闘を見ないわけにはいかない。

わたしごとだが、脳出血発病から13年、普通に生きるために今思い返してみても信じられないほど長い間、言語を取り戻すリハビリと麻痺の緩和トレーニングを続けてきた。努力だけが友だちだったかもしれない。

そして勇気を持って「外へ」出た。

だからわたしにとって、東京パラリンピックは「外で戦う勇者たち」の祭典なのだ。

今朝も駅頭で、「パラリンピック反対!中止!」と、がなっていた某政治家がいた。

TVでも、それぞれが様々な思いの元でパラリンピック是が非発言を繰り広げている。

しかし「外へ出る」ことがどれだけ障がいのある人たちにとって素晴らしいことなのか!ってところは、当事者でないととてもわからないものであろう。

コロナ禍でデルタ株は怖いが、9月5日まで無事故で頑張って!と、エールをおくりたい。