★2024年6月17日更新 発信の基本とは?~見た人が行きたい!と思ったらその場で調べられる情報も必ず添える(たったこれだけ)【紙上講座・発信の極意】

【ブログ新規追加747回】

新しいお店や旅先の記録は、基本として絶対アカウント名や紹介欄とかに所在地を書いて発信しよう。

パッと見た時に地名(紹介した先のリンク)がないと、「リンク探して、開いて、ホームページ見て」って、そこまでなかなかやろうと思わないよね。

それが好き!っていう場合は別として。だいたい、気持ちは萎むものだから。

意外だけれど、ネットの世界って、自己満足というか、とりあえず発信したらそれで終わり!という、もったいないというか、手抜きというか、イミシンな書き方をされている発信が本当に多い。

そこのところ、もうひと手間かけて、ちょこっと、情報源を添えるのが大事だと考える。

わたしが目指す記事の書き方は「見た・考えた・感動した・気づいた」を自分の言葉で書いた結果「誰かの行動の手助けになる」というスタンスだ。

「自分のめっちゃいい!」を気軽にシェアする感じなの。

いざ、発信するとなると「めんどくさい」なあと、思われがち。

そこを、えい!っとひと手間かけて、読み手の気持ちになって発信しよう!

読み手側に「名前が分かるのだからそこをコピペで検索」に頼り過ぎ。名前も分からない場合は、一生懸命写真の中から情報を引っ張って・・・じゃあね。

また、基本情報をきちんと入れる行為は、熱量が伝わるものだ。

(つまらない)自分語りの発信から、一歩抜けだす極意かもしれない。

自分語りはパッと見えない場所で書きましょ。(別アカウントか、一発で読めないブログか・笑)

                  ★

最近、ずうっと、仕事に追われていて、夜遅くやっと開いたPC。

で、延々観ているのが、You Tube の「食べ放題アカウント」おしゃれな某ブランドのスイーツ専門食べ放題とか。

その時、行ったのが平日か?時間は?予約したのか?アクセスは?一番大事なのが、

「値段!」で、もちろんリンク先も概要蘭に!と、こういった基本がすっぽり抜け落ちている。

意外とあるんだよね。「美味しさばかりのトーク」「食べ過ぎばかり」

それと、古い情報とかも。発信する場合は、やっぱり最新であってほしいもの。

よ~く調べてみたら、土・日のみとか…。

平日に仕事にからめて行きたい!と思う都内などは、休日にまで行きたくない(泣)

がっかり感満載(笑)

ネット上に溢れる記事の中に「えっ?ここ行きたい!」と思わせるいいショットを見つけた時、そこがどこだか、わからない。

名前が分かる場合はそこをコピペで検索。一生懸命写真の中から情報を引っ張って・・・じゃあ、時間がもったいない。

そんなことが幾度か続いたので、喚起したわけ。

さ、花金。

今日も頑張りましょ。

個人ブログは、より自分らしい言葉と、自分が経験したことで書くのが基本【紙上講座・ブログ論】

【ブログ新規追加741回】

昨日、ふっと思ったんだけど、「わたしはたくさんの人に見て(読んで)もらうために書いている」のかな?と。

自分の思いの中に「それは、当たり前」とか、「もっと、もっと読んでもらいたい!」とかいう熱意のようなものが見当たらないことに気がついたの。

わたしのブログに対する向かい方は「書きたいことを書く」だし「経験・体験が中心」だ。

世間のブログ教授されている人たちからすれば、「最初からがっちり相手のニーズに合わせた内容」の記事を書かなければならないような、いわゆる「縛り」が存在している。

しかし、最初からたくさんの人に読んでもらいたいがための「タイトル」だったり、「内容」だったりすると、どこか自分らしさの抜けた歪んだ文章になってしまうもの。

わたしは、そういった、不特定多数の相手目線で書いてはいない。

あくまでも、「その時、気持ちに残ったこと」や「どうしても今書きたいこと」にフォーカスして文章を認めているんだ。

要するに自分の言いたいことをど真ん中に置いて書くのがわたし流。

一方で、個人のブログ記事を書く=仕事目線(企業ブログみたいな)で書いている場合、自分の意見などはスル―して相手に合わせた書き方をしてしまうんだろうな。

ここで、書き方の「分かれ道」が生まれるんだ。

個人のブログと企業のブログ→向かっている先が違うのに混同している。

企業ブログでは自分の意見や気持ちを入れないで書くのが普通だ。

わたしは、個人ブログの「何かに対する心情が見え隠れする文章」を読むのが楽しみだし、書く側も醍醐味の一つだろうと感じている。

それが、体験や経験だったりすれば、小説なんかよりずっと深くて面白いし、何しろためになる。

それと、心情の伴わない文章って「仏作って魂入れず」じゃない?

さらに、追い込みをかけると、本当に思っていないことを書いてばかりいると、自分を見失いかねないとも感じる。

これは、もの書きを目指している方は気をつけないととても危険だ。

                   ★

たくさんの人に読まれるために書いている・・・という人にむけて。

あくまでも、PVは結果に過ぎないよ。

もっと素直に自分が「経験したこと」や「思った、考えた、感じた」ことを書いて行く。

そして、究極は「誰かのことを真剣に思ったこと」を文章にしたい。

文章の本当の価値はそこにある。

たんなる、常識を並べた記事、誰かの考えを借りた記事、そういった価値を損ないかねない文章は誰の心にも触れないだろう。

不特定多数の誰かが求める記事ではなく「自分にしか書けない」記事を思い切り書いて行く。

それでいい。

もうね、PVとか売り上げとかSEOとか気にせず、颯爽と自分らしく書き進めて行こう!って思ったので書いてみた。

わたしにしか書けないものを書いて行く。

誰でも書けるものはそちらに任せておけばいい。

とか、強気(笑)

熱量高く生きるために絶対必要なものは?【紙上講座・ブログのネタ作り】

【ブログ新規追加722回】

わたしのブログの書き方は長年の経験値から自然と「型」が決まってきた。

ここでいう「型」とは、見た目じゃなくて、いわゆるブログを執筆する上でのルールのようなものだ。

ここにルールのいくつかを記載してみる。

• 本を読んだらレビューを必ず書く。

• 仕事で新しいことがらを導入したとか、クレームを爆速で処理したとか、

仕事に関係するあらゆることがらを取りまとめて書く。

• 新しいガジェットや何かの機器を手に入れたら必ず、その性能と手に入れた理由を書く。

• 料理はそれほど上手じゃないけど料理に関することがらも必ず書くし、飲食店に行けば書く。

• 旅に行ったら、準備から旅程や泊まったホテルやかかったお金などほぼ、包み隠さず(笑)書く。

• 美容やファッションも少しだけ書く。

• 趣味の写真のこともかなり書いてきたな。

• そうそう、元々音楽家だったから、本当は「音楽大学関係」のネタだけでブログ1本を作るのもできるのよ。

・・・と、こんな風にいくらでも、書くネタには困らないのよ。

この羅列を延々やる自信があるもの。

そのぐらい、自分の生活全般を見つめ続けてきたと自負している。

ただ、まったく触れないというか、ごくたま~にいいことがあった時だけ「子ども」のことは書いているが、普段は完全に書かない。

読んで下さる方からすれば、「ど~してこんなに暑苦しいんだろう?」って、思われそうだな~~~と、書いている自分を遠巻きに見ていることが、時たまあるよ(笑)

だって、本当にど~でもいいことに「付加価値」を付けて長々と文章を連ねるクセがあるのだから、ある意味どうしょうもない。

上に書き出したネタは、すでに書き方が決まっているから「型」があると書いたのだ。

「型」とは、わたしのブログに向き合う姿勢が決まっているということに他ならない。

例えば、旅に行ったら、すぐに紀行文を書く。ほぼ寝かさない。

これは、熱量の問題だろうけど、美しい景色を見て感動してすぐに写真をアップするのは、意外と簡単だ。

スマホとSNSアカウントさえあればできるでしょ。

でも、ブログに文章として残したい気持ちが強いので、行った先々で写真を撮りながら頭の中で、軽~く編集するのが日常的。

で、熱量を高く保ったまま、当日か翌日には文章にまとめてしまう。

だから、写真はいっぱい撮らない。

Twitterを駆使しているブロガーや写真家が良く言っているのが「たった140文字と写真4枚でユーザーを感動させられるか?その土地に行きたい!って思わせられるか?」ってことなのだそうだ。

わたしが、いつでも、変わらずブログをアップするのには、こんな激戦区で頑張っている人達の言葉の後押しがあるからなんだ。

よ~し、わたしもやってみよう!と、暑苦しく毎日文章を書き、写真を撮り続けてきたのだ。

そして、「型」が決まっている書き方や撮り方をそろそろ、ブラッシュアップしたいと考えている最中。

それは、熱量高く生きるために書きたいのは、やっぱり「ライフスタイル」についてなのだ。

わたしなりに「こだわって」いるモノやコトについて、深く掘り下げて行きたい。

例えば、「今、流行り?の艶消しされた車マット(チッピング)塗装された車についてとか。だって、すごい存在感あるでしょ?艶消しってさ。

大好きな車のコトを書いてみよっかな?とか思うんだ。

ブログ全体の雰囲気も、もう少しアグレッシブな感じにしたいなあ・・・とか考えている。

今まで、触れてこなかった分野にも積極的に関わる(知る・興味を持つ)ことで、どんどん自分の底辺が広がる感じがするし。

そういったことを考える時間はちゃんとある。

問題は「さあ、書くぞ!」という熱量が必要だということ。

パワーアップするために、「本気の旅」も随所に取り入れながら

頑張ろうっと。

ひらめきのかけらをあつめた雑記~これがわたしのブログ~毎日更新を続けて2年~まだまだ成長中【紙上講座・ブログ論エッセイ】

【ブログ新規追加706回】

ブログは日記?

それとも防備禄?

そんな個人的な文章を日々連ねても、一旦SNS上に投稿してしまえば、「きっと誰かが読んでくれるだろう・・・」という希望的観測がわたしの中では湧き上がるんだ。

そして、気持ちの優しい多数のフォロワーさんに囲まれて、わたしのブログもすくすく成長を遂げてきた。

ブログは日記なんだから、辛いことや悲しいこと、怒っているなどをあけすけに書くのがいいとは、まったく思っていない。

ブログは日記かもしれないが、世界中、無料で誰でもが読める「必殺の文章」だから、大きく変わる可能性も秘めているものだ。

そんな公開度の高いものに、あけすけにどーでもいい話や人の悪口や嫌な出来事を書いてばかりいたらどーなるんだろう。

一時的には、「なんだか過激で面白そう!」と、人も寄ってきてくれるだろう。しかし、気づけば過激な発言を好む人が増えれば当然のごとく炎上も避けられないし、そういった面々に忖度するのもイヤなものだ。

だから、今まで通り、「愚痴・嫌み・嫉み」という三毒のないブログ記事を書き続けて行く。

そして、コンセプト(それを貫く概念)は~「ひらめき」と「好き」を集めた雑記~で。

                   ★

3年前、当時ブックレビューライターをやっていた頃、毎日大好きな書籍のレビューを書いていた。

いくら大好きなレビュー仕事でも、報酬を生活費の一環に充てていた。

要するに「ライスワーク」をやっていたんだ。(ライスワークとは文字通り食べるためにやる仕事。家庭のために使う費用も含む)

しかし、ある程度、まとまった原稿料を頂けていたので、すべてを生活費に充当せず、おもに旅の費用として、自分自身と家族の息抜きのために使っていた。

で、今、仕事で原稿を書いてはいない。

ここが肝心で、「ブログを書く」という行為を仕事と位置づけるブロガーも多いが、わたしは「本物の趣味」が持てた感覚でいっぱいなんだ。

だって、書くという行為が「ライフワークにまで引き上げられた」のだから。

確かにGoogleアドセンスやAmazonの広告料は有難いことに毎日入ってくる。

ただ、それが無ければ生きていけないわけじゃない。

広告先に気兼ねせず、好きなひらめき雑記文を書いて、わずかでも利益が出ている。

Googleなどの広告先の唯一の条件は「毎日更新」することだ。

それがやってみたら、ことのほか楽しい!毎日、何を書こうか?考えるだけでワクワクするんだもの。

たぶん、毎日更新というルーティンが性に合っているとしか思えない。

物書きとして、ずっと願っていた境地だ。

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さ、連休も終わる。GWに始めたブログが丸2年経って、今の心境を書き連ねてみた。

食べるためにど~しても書かなければならないという仕事もしていないし、死ぬまでにこれだけは書いておきたい!という願いもない。

目の前にある日常を、ただただ丁寧に取り上げて、手を抜かずに書いて行きたいだけだ。

これが、今のわたしのすべて。

そして、続ける過程でもご褒美があるとすれば、どこかの誰かが見つけて拾い上げて、書く仕事を与えてくれるかもしれない。

そんな幸運を夢見ながら、ひらめきと好きなことだけを書いて毎日更新する。

ああ、幸せ。

ブログを毎日書く理由~有意義な執筆を続けるためにやる~読み手の視点も忘れず♪【紙上講座・ブログ執筆】

【ブログ新規追加682回】

わたしは、ブログ執筆を毎日続けている。(だいたい1000文字~2000文字で)

毎日公開というよりは、「毎日執筆する」のにこだわっている。

平日は毎日、外営業に出ている関係で、朝早くブログを書かなければならない。

習慣化できてきたので、やむなく取りやめ!とすることもなかった。

さて、なぜ、毎日執筆にこだわっているのか?

休まないのには理由がある。

一番大きな理由は、執筆という文章をしたためる作業もひとたび休んでしまえば、「下手になってしまう」からだ。

休みがもたらすマイナス要因は、文章そのものも稚拙になりやすく、書くスピードも落ちやすいことだろう。まあ、個人差があるけれど、少なくともわたしはそう、感じている。

ここで気づいたのは「執筆脳」という、言葉を規則正しく操る作業をするための思考があるみたいだ。

この執筆脳は、毎日続けるのが好物で(笑)毎日書いていると、自動的に書けるようになっていくんだよね。

写真にもおんなじことが言えるかも。「写真脳」っていうのもありそう。

要するに筋トレ=鍛錬なのだ。

毎日続けることで、生活の中に執筆する時間が流れている。まるで川のように。

だから、いつでも即執筆に取り掛かれる。

この感覚を習得できたことが、なによりも価値があるとさえ思っているのだ。

じっくり書く日もあるし、スピードを持って書く日もある。

読み手を思いやる視点を持つ日もあるし、完全な自己満足の日だってある(笑)

それもこれも、毎日執筆、毎日公開するといった行動にすべて集約されている。

だから、書いた内容に後悔はない。

日々、進化を続ける執筆業がブログという媒体を使うことで叶ったんだ。

365日自分を磨く・・・一般的に知的生産と言われる文章執筆で、己を磨くのは最高に楽しい。

脳内のモヤモヤを文字に変換する、形のない想いを文字に起こすなど、頭と身体にとてもいい刺激を与え続けてもいるのだ。

一種の健康法でもある。

毎日執筆が大好物な脳だって、一旦休みを与えてしまえばそっちのほうが遥かに楽しい!と、なって行くだろう。

そうなった脳を毎日執筆という正常値に戻すのにはかなりの労力が必要だ。

それであれば、短くてもいいから毎日書いたほうが心と身体(脳)の健康を保てる。

これまで7年間のブログ生活を続けてきた。

そこで感じたのは、休む恩恵よりも休んだあとのパフォーマンスを取り戻すのに注力せねばならなくなり、割が合わないなあ~とも思うのだ。

で、今日も元気に一本書きました(笑)

※TOP写真の話・・・ 昨日、家のまわりに咲く名もなき(名前を知らない)桜の終わりを撮ってきた。このところ仕事中心で、身近な花に目を向ける機会が少なくなっていた。夕方、風の強い中で撮った一枚。

ブログを情報発信のツールとして機能させる~これをするかしないか?で、変わってしまう分かれ道の話【紙上講座・ブログの在り方】

【ブログ新規追加669回】

今では、高齢であろうと、若年であろうと誰もがスマホに触れ、ごく簡単なやりとりはLINEなどの無料SNSでやっているのが普通の風景となった。

スーパーでは、スマホの画面をかざして、お財布ケータイをがっちり使ってポイントゲットするお年寄りを良く見かける。

正直、「すごいな!」と、思っちゃう(笑)

と、同時に意欲旺盛な高齢者を見かけると嬉しくなる。彼ら、彼女らに共通しているのが、知りたいことをよく「質問」することだ。

ちょっといいですか?「これって、〇〇に使えますか?」とか、「ポイントで買える?」とか。

やっぱり、聞いてくれるとちゃんと教えたくもなるもの。

で、聞いた方もちゃんと思いのものを手に入れられて、ハッピーだし、教えた方も人の役に立ってハッピーという双方向の交流が実現している場面は本当に素晴らしい!

こうして受け手=読み手側の人口はどんどん増えている。

一方で書き手側は読み手の視点を持って書いているのかな?と、様々なSNSを見てよく思うんだよね。

そこで、何が言いたいのか?

SNSやメールで発信を日常的にやってる場合に、ちょっと知っておけば書き方のフォームになる視点を4つほどまとめてみた。

ブログや文章で人生を飛躍的にアップさせるのには絶対外せない4つの視点だ。

●誰が読むのか?

●文体はどうするか?

●この記事を通して何を伝えたいのか?

●読んだあと読者にどうなってもらいたい?

こんな疑問形を自分に投げかけながら書いてみると、より読者目線でのブログ発信ができる。

わたしも、このスタイルで毎日書き続けているよ。

                    ★                                          

大半の人が「ブログは日記」だと認知されている。

しかし、誰がごく普通の人の個人的な日常を読みたいと思うのか?まあ、まず興味がなければまったく読まれないだろう。

もし、自分の書いた記事でアクセスアップを狙うのなら「情報発信」しかない。

この情報発信の視点が抜け落ちている発信や書き込みはスル―されていくだろう。

また、わたしも、結構やってしまいがちなんだけど、タイトルをつけるのなら「明確」に「はっきり」と表示するのが大事。

そこをぼかすと、何が書いてあんのかわからない記事になっちゃう。

せっかくのいい内容でもイマイチなタイトルでは読まれないんだよ。ほんとに、もったいない(泣)

では、情報発信とは?

情報発信とは、多くの人に役立つ事がらや、心を動かす物語=ストーリーを発信することだ。

近況報告、交流や日記との違いは、情報発信者を知らない第三者にも必要とされ、要求される内容が情報発信の極みだろう。

例えば、料理が得意で「時短」×「美味しい」×「季節=旬」「美しい写真や動画」などを掛け合わせたレシピもある記事ならわたしは必要だと思い、気に入ればフォローし、記事もシェアやRTするだろう。

そして、週末にはその記事を見ながら「絶品〇〇」を作ってみる。

こうして、第三者の「人」が行動を起こすところまでを想定したブログが情報発信なのだ。

日記と情報発信との区別ができている記事はたいがい読みやすく役に立つものなのだ。

楽しく情報発信も日記も書いて行こう。

ブログのネタ?~尽きるより渋滞中~どんどん出して毎日すっきり!【紙上講座・ブログネタの話】

【ブログ新規追加663回】

ブログのネタって貯めておくんですか?と、たまにブログ読者に聞かれる。

毎日、ネタ切れせずど~して書けるんかな?その方からすれば、とても不思議なことらしい。

今までも何度も、この「ブログのネタ切れ」をテーマに書いてるが、春に新しく自分の城(ブログ)を持とう!という人も少なからずいるだろうから、また書き起こしてみる。

わたしが、これまで一度も「ネタ切れ」の心配をしたことはない。ウソじゃないよ(笑)

むしろネタが溜まってしまい、どうやって出して行こうか?迷ってしまう。よ~するに頭の中で渋滞しているんだ。

このほうがより心配なんだよね。

しかも、頭のなかのいわゆるネタの部分は一切メモなんかとらない。そ~いうクリエイティブな創作部分は、一気に脳内から出すことで、頭の中を毎回すっきりさせている。

そう「ライブ感」が大事。

で、書きたい時に書くんじゃなくてあくまでも一日一本という更新状況を保ってきた。

                    ★

ここで、より具体的な「ネタ切れを防ぐ」方法を書く。

それは、テーマをいくつか持って、テーマについて書けばいいのだ。

例えば、わたしの専門は「書籍」に関することがらだ。

本を読んだら一本書く、本屋に行って(仕事)何かを行ったら一本、今流行りの図書館に行ったら一本・・・と、このように因数分解?するみたいに、一つのテーマを横展開させるのだ。

こうした、自分独自のテーマをいくつか持っていれば、無限にとまではいかないだろうけど、書き続けることはできる。

空手と一緒で「形」を決めると見栄えがするし、なにより読者を飽きさせない工夫とも感じる。

「〇〇したらブログに書く」

新しい服、新しいレシピで料理を作る、新しいホテルの紹介、初めて登った山、初めての泊まりキャンプ、などなど。

新しい!初めて!など新鮮な話題は誰の目にも止まりやすいし、読んでためになる情報も多いハズ。

この逆パターンは、同じテーマでも同じことのくり返しを定点観測するみたいに書かれた文章。これは読者を飽きさせる。

やはり、テーマは複数持っているほうが、内容が濃く豊かなのには間違いない。

例えば「旅ブログ」を立ち上げたけれど、コロナでどこにも行けなくなった・・・とか、すぐにネタ切れを起こしそうじゃん(笑)

よくブログ術にある「あるものごとに特化した」内容がいいとかあるけれど、わたしはそうは思わない。(ブログで稼ぐのが目的の場合だろう)

雑多であれば、雑多であるほどいいと。

より長く続けられるブログ道=文章道を目指していくと、最後はみんな「雑多」になっていくだろう。

全方位に視点を広げて生活全体をブランディングすると意外とまとまる。

雑多・万歳!

※ 写真は昨日市場で買ったロマネスコ。星型の房が可愛くて、美味しくて大好き。しかも100円!

個人戦をどう戦うか?~ブログで次のステージを目指す~弱者のためのブログであるべきという方向♪【紙上講座・ブログ先行き視点】

【ブログ新規追加645回】

個人ブロガーのわたしが目指す視点を書いてみた。

わたしは、企業ブログを書いているわけではない。

身の回りに起こる小さな体験や経験をど真ん中に置いて書き起こすエッセイと情報

あくまでもわたし個人の持ち物だけで書き起こしてきた。

Googleの検索上位の記事などにはほぼ目を通す暇はなく、いわゆる自己流ではあるが「小さくブログサイトを運営する」ことには成功したと言えるのではないだろうか。

なぜ、そこまでGoogle検索上位の記事を読みに行かないのか?と言えば、それはアクセス数をかせぐやり方を徹底的に知り尽くしたプロブロガーを背景に置く企業ブログばかりだからだ。

そこにある記事の多くは「万人向けに書かれた内容」である場合がほとんど。しかも記事構成も、検索上位になりやすいキーワードを使ったものばかり。

要するに企業の体裁を整えるためにも使えるハイレベルなものだと言えばわかりやすいだろう。

例えば、ブログ初心者の記事がやたら、企業ブログに似せて書いたとしよう。しかし、まず、企業と個人の差別化がされていないと、ただ検索上位の記事を真似てみてもたぶん長続きはしないだろうね。

だって、プロフィールからして違うじゃん(笑)

ここで、出てくるのが「弱者の戦略」という思考法だ。より具体的に述べると、「大きなものと同じ武器で戦わないこと」に尽きる。

資料先→弱者の戦略と強者の戦略「ランチェスター戦略とは」https://www.profuture.co.jp/mk/column/10342

一個人が世間に戦いを仕掛けるときには、より小さく、固有のインパクトを打ち出さねばならない!と言える。

しかし、それもとても厳しい・・・。

そんな時には、万人向けに書かれた簡単正攻法や成功術であっても、こぼれ落ちてしまう少数の方々を掬い上げる記事を書けばいい。

なんにも持たない弱者だからこそ書ける、企業ブログとは違った視点の記事。

こんなところを目指して毎日、淡々と書き続けているんだ。

毎日、誰かの胸襟に触れて、誰かの背中を押せるそんな記事を書いて行きたいと願うばかり。

戦いの相手は、大企業じゃなくて「己心」なのよ。

大きなものを漠然と捉えて、個人が意気消沈し、結局辞めてしまうなんて、本当にもったいないよ。

企業ブログの読者設定は「できる人」向けで、個人ブログはどちらかと言えば「続けるのが難しい、飽きやすい人」向けだろう。

これが差別化だ。

というわけで、「弱者=個人のブログ」の戦い方を書いてみた。

これからも、より小さく、ひっそりと、しかし明るく、前向きに、

ワクワク情報や体験をサクっと発信して行くので、どーぞ、よろしく♪

★2024年2月28日更新 難しいことがらを言語化する~評論に挑戦してみようかな?~とか考えている話【紙上講座・評論】

【ブログ新規追加641回】

ちょっと前に読んだ小説の話。

主人公は20代後半の男性。大学を卒業後、ずっとフリーで新聞やWEB雑誌にライターとして記事を書いて生活している。

彼は、自分の将来を危惧して、ある編集者に「僕はいったいこの先、何を書いて仕事を得ていけばいいんですか?」と、唐突に聞いたんだ。

そしたら、「ライターをある程度やったら、あとは、詩を書くか、評論を書くか、小説を書くものだよ」と、教えられたそうだ。

そして、物語は「小説家を目指す青年が本当に小説家になるまで」を実に細かくも、見事に描き切っていくのだ。

わたしはこの小説を読んで、自分なら小説家はありだな・・・と、瞬間に思った。

しかし、評論も捨てがたい。だって、難しいことをわかりやすく誰にでも伝わる文章表現で評論が書けたらカッコいいじゃない(笑)

※ 評論とは→物事のよしあし・優劣・価値などについて論ずること。また、その文章。(資料先;https://kotobank.jp/word/コトバンク

「ロシアのウクライナ軍事侵攻」がこれに当たる。要するに難しいテーマについて自分の想いを文章で言語化するのをやってみたい。

わたしは普段、政治や国際情勢について、積極的に感情を表に出すとか、文章にしてつぶやくとか一切してはいない。

専門家でもないし、よりよい発想があるわけでもないだろうから。

そんな立ち位置があやふやなものを、身勝手に書いてしまうのはとても危険だと考えるのだ。

しかし、小難しいテーマであっても、わかりやすい解釈と読みやすく書ける技術があれば、評論の世界も覗けるかもしれないよね。

実際、今回の「ロシアとウクライナ」の関係性やそれぞれの国の歴史など興味があるし、遠く離れた日本も北方領土を抱える身だ。

他人事ではなかろう。

特に旧ソ連・東欧の地政学などが、今ブームになりつつあるという話も聞いた。世界の情勢とか芸能系でもでもいい本があったよね。

一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書

今、まさに勉強するべきは「世界情勢」だとさえ思う。

わかりやすい書き方で「ロシアとウクライナの緊張状態」のとりまとめができたらいいな、とか思っている。

今日、ワクチン接種3回目やってきて、ちょっと怠くなってきたんで、思いついたことを簡単にまとめてみた。

それでは、また。

※ TOP写真は、2月26日の東京スカイツリー。偶然にもウクライナの国旗色。(WEB記事より拝借)

ブログの記事構成と例文を公開~別に特別なやり方じゃないけど~覚えておくと書くのが簡単になるよ♪【紙上講座・ブログの記事構成】

【ブログ新規追加637回】

ブログの毎日更新を始めて637日。

ここまで、夢中で更新し続けてきたが、改めて記事構成を書き出してみようと思い立った。

別段、特別なやり方をしてはいない。

ただ、わたしのブログはほぼ、自身の「経験や体験」から編んでいる。

物販ブログならいざ知らず、ただの日記風ブログや自分語りでは、まず、誰も読んではくれない。

そこで、これまでの経験や体験の成功談、失敗談、誰にでもあるあるな話を取り上げた。

「手の平に乗るほどのちっちゃな話」を、自身の経験や著名人の話、書籍などの情報を織り交ぜて話を拡大し、読み応えもあり?少々役に立つ記事やエッセイを更新し続けている。

                    ★

さて、記事構成だが、ざっと順番に書き出してみよう。

① 話(テーマ)の結論

② ① の理由

③ 自身の経験や体験 A

④ ③ の理由

⑤ 自身の経験や体験(失敗談とかあればなおさらいい・笑)B

⑥ ⑤ の理由

⑦ 自身の経験や体験(経験や体験からの心情や感想がベター)C

⑧ ⑦ の理由

⑨ 記事の伝えたかったことのとりまとめ(結論としての提案や改善など前向きな話にする)

こんな感じでだいたい2000文字前後でまとめてきた。

                     ★

経験や体験をふんだんに取り入れて書くのがわたし流。

ちょっと、このテンプレ通りに一文(話はほぼ展開させない)を書いてみるね。

タイトル「エッセイは朝、書くのが一番いい

① (結論)エッセイや小説などは毎日書くのがいい。しかも朝が一番いい。

② (結論の理由)朝は、使える時間が限られているので、メリハリの効いた文章が書ける。

③ (自身の経験や体験 A)ブログにエッセイを書き始めてもう7年。しかもこの2年は、毎日更新するために早朝に書くようにしてきた。

④  (自身の経験や体験 A の理由)朝、出勤前のわずかな時間にザっと、テーマを決めて書いてしまうのだ。もちろん、構成や推敲はせず。それでもザっと書いてあるという安心感がなんとも気持ちがいい。

⑤ (自身の経験や体験 B) ブログ更新が身についてきた2年目あたりで、そろそろネタ(経験や体験)が底を尽きかけたのだ。どーも、同じような内容が増えて来ちゃった。心の中で「少しぐらい休んでもいいだろう・・・」とか考えるようになるり、精神の自堕落に陥っちゃったのだ。

⑥ (自身の経験や体験 B の理由)だって、週3日も書いてたら、誰だってネタ切れするんじゃない?という一般常識(笑)にとらわれてしまっていた。何とかネタ切れを起こさない解決策を練らなくては!

⑦ (自身の経験や体験 C) そこで、思いついたのが「ネタを多角的に見る=因数分解する」という方法だ。

これなら、たった一つのテーマでも可能な限り、視点をずらしつつネタを増やせるし、しっかりとしたテーマが背景にあるから、文章のキレも悪くなりにくい!

わたしの言う因数分解は、数学的見地からはズレているのだろうけど、一般に因数分解はできるだけ(各因数がそれ以上因数分解できないまで)分解することが普通であるのだそうだ。(資料先→https://kotobank.jp/word/ コトバンク

だからこれでいいのだ(笑)

⑧(自身の経験や体験 C の理由)そうそう、芥川賞作家の綿矢りささんが以前話されていた「文章をいつかくのか?」では、やっぱり早朝(5時起床)にがが~~~っと、書き始めてしまうのだと。

お子さんが小さいので、早朝しか集中できない!という切実な話だった。

この話を聞いてから、わたしも!っと、完全に綿矢りささんのように、早朝ダッシュでザザっと書き始めるようになったってわけ。お手本が素晴らしいでしょ?!(笑)

⑨ (結論・この話で読者さんに伝えたかったことは?)ブログ更新もエッセイや小説も、朝書いてしまおう!いや、朝書くべきかも。

それは、朝はダラダラできないから限られた時間で集中できるようになる。

そして、一晩眠ったあとの脳細胞は朝、最高の働きをするのだそうだ。

最高の脳を使うには朝が一番いいのだ。

文章を書く人に強くすすめたい。

「朝、一番に書こう!朝は脳の働きが最高だから」とね。

                  ★

どう?こんなスタイルで毎日書いているの。

話を膨らませたり、端折ったりするにも、こういった構成があれば安心なもの。

さあ、わたしもまだまだ書くわよ(笑)