『103歳になってわかったこと ~人生は一人でも面白い』篠田桃紅・著(幻冬舎)【選書・文化】 

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103歳になってわかったこと~人生は一人でも面白い』篠田桃紅・著(幻冬舎)

• 簡単レビュー

現代美術家・篠田桃紅(故)とは。(2021年3月4日で107歳の天寿を全うされた。)

「いつ死んでもいい」なんて噓。

生きているかぎり人間は未完成だとおっしゃる。

大英博物館やメトロポリタン美術館に作品が収蔵され、一〇〇歳を超えても第一線で活躍を続けた現代美術家・篠田桃紅。

(2022年は、東京オペラシティでの展覧会が開催中)

「百歳はこの世の治外法権」「どうしたら死は怖くなくなるのか」など、人生を独特の視点で解く。

生きるのが楽になるヒントが詰まったこれぞ珠玉のエッセイ集だ。

                   ★

文中のお話に「これは!大事な視点」だと思ったところを引用する。

~「真実は皮膜の間にある」という近松門左衛門の言葉のように、真実は求めているところにはありません。

しかし、どこかにあります。

雑談や衝動買いなど、無駄なことを無駄だと思わないほうがいいと思っています。

無駄にこそ、次のなにかが兆(きざ)しています。

用を足しているときは、目的を遂行することに気をとられていますから、兆しには気がつかないものです。

無駄はとても大事です。

無駄が多くならなければ、だめです。

お金にしても、要るものだけを買っているのでは、お金は生きてきません。

安いから買っておこうというのとも違います。

無駄遣いというのは、値段が高い安いということではなく、なんとなく買ってしまう行為です。

なんでこんなものを買ってしまったのだろうと、ふと、あとで思ってしまうことです。

しかし、無駄はあとで生きてくることがあります。

私は、3万円だと思って買ったバッグが30万円だったことがありました。

ゼロを一つ見落としていたのです。

レジで値段を告げられて驚きましたが、いい買い物をしたと思っています。

何十年来とそのバッグを使っています。

そして、買ってしばらくしてから、そのバッグの会社オーナーが私の作品を居間に飾っていることを雑誌で知って、あらお互いさまね、と思いました。

時間でもお金でも、用だけをきっちり済ませる人生は、1+1=2の人生です。

無駄のある人生は、1+1を10にも20にもすることができます。

私の日々も、無駄の中にうずもれているようなものです。

毎日、毎日、紙を無駄にして描いています。

時間も無駄にしています。

しかし、それは無駄だったのではないかもしれません。

最初から完成形の絵なんて描けませんから、どの時間が無駄で、どの時間が無駄ではなかったのか、分けることはできません。

なにも意識せず無為にしていた時間が、生きているのかもしれません。

つまらないものを買ってしまった。

ああ無駄遣いをしてしまった。

そういうときは、私は後悔しないようにしています。

無駄はよくなる必然だと思っています~『103歳になってわかったこと』からの引用。

                   ★

さて、わたしは今月また1つ歳を取る。

篠田桃紅さんからみれば、まだまだはなたれ小僧でしかないが、世間では「人生一区切り」などと言われ、引退や定年などを考えて、実行に移す人も多いお年頃だ。

無理はたくさん積み重ねてきたけど、無駄はしないように生きてきた。

無駄を推奨する桃紅さんとは真逆の生き方(笑)

こういっちゃあなんだけど、人の生き様って「ムダとムリ」から生まれるものかもね。

浪費なんて大嫌い!といいつつ、好きなお酒を飲むことやダラダラと文章を書き綴る時間、これら「浪費と言う名の矛盾」がわたしを彩るのだから。

桃紅さんのおっしゃることはきっと、こうだろう。

「人生に無駄なことなんか何ひとつないんだから」

「ま、せいぜいお楽しみなさいよ!」

はなたれ小僧の解釈だわん(笑)

近代・現代文学を読もう~年度末は読書も総ざらい~おすすめ8作品【選書・国内文学】

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良い文学は人の心から人の心へと伝わる橋渡しのようなものだ。

文学とは、作家の探求心や闘争心のすべてが詰まった珠玉の存在だと深く感じている。

わたしは、本の紹介をする仕事を公私にわたり続けているが、年度末には、よりよい文学を1冊でも多く読みたいと思い、多忙だが、図書館へ毎週のように出向き物色しているのだ。

2021年度ももうすぐ終わる。

そこで、近代から現代のこれは!と思う小説作品を8冊紹介する。

こまかなレビューはしないで、単なる選書をしただけ。

気になる書籍が見つかったら、どうぞ、書名をクリックください。(書籍情報をリンクしてある)

                     ★★

• 『夢十夜』夏目漱石

•『舞姫』森鴎外

•『総統の子ら』皆川博子

• 『蒼穹の昴』浅田次郎

• 『幕末新選組』池波正太郎

• 『のぼうの城』和田竜

• 『仏果を得ず』三浦しをん

• 『九天に鹿を殺す』はるおかりの

文学しかり、エンタメしかりと、少々雑食ぎみの選書をしてみた。

もし10冊にするとしたら、あとの2冊、あなたなら何を選ぶ?

『』あなたの2冊を選んでみて!


★2024年3月1日更新 『ミニマリストという生き方』辰巳 渚・著(宝島社)【選書・文化】

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弥生・3月になった。

新年度を迎える準備に忙しくなる季節の到来だ。

身辺の整理をされる場合もあるだろう。

そんな時に人生を変えるような「振り切った片づけ」をしたい!と思っているなんて方にうってつけの一書を紹介する。

ミニマリストという生き方』辰巳 渚・著

• 簡単レビュー

モノを最小限に減らして暮す「ミニマリスト」という考え方を持つ人たちが最近注目を浴びている。

しかし、ミニマリストが普通と違う考え方や普通の暮らしを避けているわけではない。

本書では、そんな最小限にモノを減らすに至った経過や原因、ミニマリストのゴール、これだけは手元におく、など等身大の5人のミニマリスト達への取材が読めるある意味片づけに悩む人へのサポートとなる一書だ。

本書に散りばめられたミニマルにスッキリと暮らすきっかけや考え方は、ひとり暮らし、夫婦ふたり暮らし、子どもと家族4人暮らしなど、形態別に書かれている。

著者・辰巳 渚さんも元ミニマリストだそうだ。ミニマリストになるきっかけ、プロセス、現在の暮らしぶりや考え方もレポートされた興味深い名書だ。

                    ★

さて、「ミニマリスト」という言葉と考え方を生き方にまで昇華させたのはいったい、いつのことだったのだろう。ちょっと、調べてみた。

『ぼくたちに、もうモノは必要ない』で披露された、ミニマリストの定義は二つあって、① モノは自分に本当に必要な最小限にすること。② 大事なモノのためにそれ以外を減らすことを「ミニマリズム」とし、そうする人のことを「ミニマリスト」と呼ぶ。

自らを定義し、その定義によって自らの存在を宣言する・・・ということらしい。

だって、片づけブームはもうかれこれ20年ぐらい前から始まっていて、モノを減らすことにもすっかり慣れた世間があったハズよね。

それでも、何だろうな「ミニマリスト」は別の空気をまとっているみたいなもので、この呼び名自体に価値を見出した人も多そうだ。

今回取りあげた『ミニマリストという生き方』の中で印象的だったのが、お笑い芸人の小島よしおさんだ。

彼のやっているミニマルな暮らしは、頭と身体を鍛えるべくして用意した、最高の環境だった。ここを読むだけでもこの一書の価値はあるだろう。

さ!3月。

ミニマリストに興味のある人も、反感のある人も、片づけや掃除に動きだそう。

たった一冊の本で人生が変わるかもだし、たった半日家の中を掃除しまくるのでもやや、人生に変革が生まれるかも(笑)

3月は春の期待と予感の月だから。

2024年2月22日更新 2022年2月22日「猫の日」~じゃあ、昨日は何の日?~2月21日は「夏目漱石の日」だった!夏目漱石・著『明暗』も紹介🎶【選書・文化】

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一昨日、フライングで早々と猫をとあるSNSにアップした。

で、今日はここにも(笑)

普通の猫じゃないとダメよね。で、「吾輩は猫である」を取り上げようか?と思ったが、なんと!昨日がかの「夏目漱石の日」だった。

気づいたのは、今よ今(笑)

せっかく、多くの書籍を紹介するブログを運営中なんだから、夏目漱石の名作を一書取り上げてみよう。

明暗』角川文庫

• あらすじ

新婚の男には忘れられない女がいた。

津田は勤め先の社長夫人の紹介で、お延という女とあっさり結婚した。平凡な毎日を送る津田とお延。津田はお延と知り合う前に将来を約束した女性がいた。清子という。

しかし、清子はある日突然、津田を捨てて昔からの幼馴染の男と結婚してしまう。数年が経った後、清子が温泉場に一人で滞在していることを知るのだ。

未練がましく、しょうもない男の性を引きずるように、津田は密かに清子の元へと向かってしまう。

                    ★

大正5年、漱石の死を以って連載終了した未完の名作だ。

人間のエゴイズム神髄に迫った長編大作小説。

読者は、その内容の濃密さとエゴイズムの行く末を読み進めずにはいられないだろう。

ちょっとだけ、本文を引用してみよう。

• 本文より


「貴方は何故清子さんと結婚なさらなかったんです」
問は不意に来た。津田は俄かに息塞(いきづま)った。黙っている彼を見た上で夫人は言葉を改めた。


「じゃ質問を易(か)えましょう。――清子さんは何故貴方と結婚なさらなかったんです」
今度は津田が響(ひびき)の声に応ずる如くに答えた。


「何故だか些(ちっ)とも解らないんです。ただ不思議なんです。いくら考えても何にも出て来ないんです」


「突然関さんへ行っちまったのね」


「ええ、突然。本当を云うと、突然なんてものは疾(とっく)の昔に通り越していましたね。あっと云って後を向いたら、もう結婚していたんです」(本書461ページから引用)

                  ★

なんかね。この部分だけでも、「後先なんてどーでも良くってさ。最後は清子に行き着くまでさ」とでもいいそうな、「わかんない性(さが)」丸出しの津田。

そこに悪気はない。さしづめ、突然津田を捨てた清子も同じように「わかんない性(さが)を持つ」者のよう。

夏目漱石は「どーでもいい話」を最高に面白く書くエンターテインメントなんだ。

だって、『明暗』なんか、平凡な夫婦の話と、昔付き合っていた男女の話でしょ?

それを、危うい気持ちを書くことで心理戦に持ち込んで、ちゃんと濡れ場では絡み合う・・・ということだけを、つらつらとずう~~~~っと描かれる長編大作なのだもの。

どう?昔のロングバケーションを読んでみたいと思わない?あっ!思わないか(笑)

だって、どこにでもある男と女の話だもんで。

ただ、笑っちゃうというか凄いなあ~と、思うのが作家夏目漱石の最後の作品だってことだ。

本物のエンターテインメントだったってわけ。

~2月21日「夏目漱石の日」によせて~




🍊

『大人の作法』山本益博・著(KKベストセラーズ)【選書・文化】

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先日のブログで、潔癖症には気をつけて!というユルい話を書いたところ、ある方から「マナーとルール」の話を書いて!と、打診された。

マナーとルールだったら、この人がピッタリじゃないか?と思い立って探し出したのがこの本だ。

で、早速読んでみたら単なるマナーやルールを認めたテキストではなかった。

「師弟を持つ人生の素晴らしさ」と「師匠から学んだ数々の文筆に対する講釈」や「文楽などの日本文化や教養を徹底的に叩き込まれた学生時代」これらの人生に通づる生き方を、「師から教わったことを師の教え通りに文章で伝えて行く」というライフワークを確立して来た素晴らしい書籍だったのだ。

ここで、著者・山本益博氏について簡単に紹介しよう。

1984年、東京浅草生まれ。早稲田大学第二文学部演劇科卒業。卒論「桂文楽の世界」を卒業時に「さよなら名人藝」(晶文社)から初出版された。

その後、「東京・味のグランプリ200」(講談社)を出版する。以来、食に関する著述、講演、TV、ラジオ出演多数。

山本氏は、料理を作る研究家としてではなく「料理評論家」として、外食の持つ本来の楽しみ方を世間に広く伝え続けてきた。

わたしの山本益博氏の印象は、日本の懐石料理や高級フランス料理など美味しいものをただ美味しく食べるだけではなく、文章を読んだとたんに、その料理が本当に美味しいんだ!と伝わる文章表現を極めてきたことに、大変な熱意だと感じたのを今でも覚えている。

しかも、すべての料理を現地で頂きレポートの数も物凄い。単なる食通ではない、経験に裏付けられた言葉選びからにじみ出る確かな説得力。実際に現地へ出向き、頂いてきたからこその堂々たる振舞いが文章の上でも踊っているんだ。

大人の作法』山本益博・著(KKベストセラーズ)

著者の山本益博氏は、完全なる団塊の世代だ。山本氏が言うには、「団塊の世代の特徴は「師」を持たないことだろう」と言ってのけている。

それはなぜか?と言えば、団塊の世代には、上の世代や古い価値観を否定することによって、自らの存在意義を証明せんと、してきたところがあるからだと述べられている。

青春時代が60年代から70年代前半だったからだとも。全共闘世代であり、学生運動が盛んで結婚しても核家族化が進んで、親世代の干渉を避けてきたのだとも言われた。

この風潮にあっても、年長者を否定するどころか、山本益博氏は先輩や師にどんどん教えを求めて行く。世間的には「落第生」だと言われつつも。

そんな、年長者になぜ、長年教えを請うて来たのか?

それは、師の師たる「言葉」と「立ち振る舞い」に惹きつけられたんだそうだ。団塊の世代が失ってしまったものがそこにあったんだと。

最後に。

「男の品性は食に表れる」という章を読んで。

美味しいものを美味しく食べる・・・当たり前じゃん!?

では、美味しいものを本当に美味しく食べているか?この微妙な1点を明確にするために書いたのがこの『大人の作法』なのだ。

美味しいものを食べたければお金の力を使えばいい。しかし、それでは胃袋をただ満たすだけだ。

美味しいものをきちんと美味しく頂くための極意、それは「食卓にある」と言い切る。

本書では、山本益博氏のオリジナルな考えはまったく反映されてはいない。彼を育てた素晴らしい先達の言葉を紡いでできている。

「言葉よりも行動で教える」先達。そこから「作法は行動だけでなく言葉で残す」と、山本益す博氏。

使命は「次の世代への継承」なのだから。


★2024年2月7日更新 『山と食欲と私』信濃川 日出雄・著~山漫画の新定番80万部突破~大人買いしたので早速レビュー🎶【選書・文化】

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「●●と⦿⦿と私」とかって、昔、歌にもあったけど、インパクト大なタイトルになるね。

男性漫画だけど、27歳のOLが主人公のとっつきやすく読みやすい漫画だ。

で、今回は1巻から10巻まで一気に大人買いしちゃった(笑)

山と食欲と私』信濃川 日出雄・著

さっそく、コミックのレビューを書いてみよう。

• 簡単レビュー

会社員の日々野鮎美(27歳・独身)は、「山ガール」と呼ばれたくない自称「単独登山女子」だ。なぜ、単独=ソロに徹しているのか?それは、人見知りが激しいからだそう。

美味しい食材をリュックにつめて今日も一人山を登る。(平日は炭水化物・禁で、金曜の夜からどんどこ炭水化物を食べる食生活だ。それもこれも、山登りに適した体を作るためだ)

欲張りウィンナー麺、雲上の楽園コーヒー、魅惑のブルスケッタ、炊きたてご飯のオイルサーディン丼等々。

読むとお腹が空くし、断然、山に登りたくなる!

WEBマンガサイト「くらげバンチ」で最速で100万アクセスを突破したアウトドア漫画の決定版が誕生した。

                    ★

この漫画に出会ったのは、アウトドアショップ(Wild One)でのこと。軽妙なタッチの画風に山登りの知識やスキル、男女のそれぞれお困りネタなどが満載で、わたしが一番グッときたのが、「山飯」のバリエーションの多さ!

ああ~~、この漫画全巻欲しい!と思って数ヶ月が経ってしまったが、1月末、重い腰を上げて探し始めたんだ。もちろん「ブックオフ」で(笑)

初めからオンラインで探さず、リアル店舗を数件回ってやっと見つけたので買い占めてきた。(丁度、20%オフの日で1冊分が只になったよ・ほくほくだね)

現在は15巻まで出ている。新しい分は新品で購入しよう。

毎回の山行でのご飯比率はうなぎのぼりだから、メニュー開発のお手本にしてみたい。

意外だけど、あの登山女優の市毛良枝さんは、山飯はやらなかったそうだ。常に行動食(軽いお菓子)だけで山を登る。

理由は、麓の美味しい料理を存分に味わうことや、登山時の荷物を極限まで軽くしたかったのだそうだ。

そうよね。わたしのザックの中も大半が「山飯」関係のものばかりだ。一番重いのが「水」だ。飲み水やラーメンなど調理に必要なものだ。だいたい、一回の登山で2ℓを背負ってる(笑)

水に当たる場合もあるから、現地で汲むとかは絶対にやらないで、家で水道水をペットボトルに詰めて登ってきた。

と、こんなわけで、山と飯、登りのスキルと知識満載の一冊となっているのだ。

また、主人公が人見知りのOLさんで、平日の職場の話も面白い。

毎週末は山なので、炭水化物を調節しながら摂るロカボもやっているとか、筋トレになるような通勤の仕方など、すべてが山登りに繋がるお話になっていて、めっちゃ楽しい。

さて、わたしもこれ読んだから、2月の山行先を決める♪

 

★2024年1月19日更新 『短編集・謎のクィン氏』アガサ・クリスティーを読んで~短編集には「暮らしの達人」が登場する嬉しさを見つけた🎶【選書・文化/推理小説】

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アガサ・クリスティーの推理小説は何が好き?

そう聞かれたらヤバイ(笑)だって、ほとんど読んでないんだもの!

映画で「オリエント急行殺人事件」やビデオで「「ナイルに死す」などを観た覚えがあるだけ。(TOPの写真は「ナイル殺人事件」1984版の画像を拝借した)

そこで、年末にアガサ・クリスティーの短編集「謎のクィン氏」を探して借りたのだ。このあたりで「世界の推理小説の女王」の作品を堪能したいと思ってね。

忙しい年末、おせちの煮物を煮る間、ちょっとの時間でも読める短編集。これでミステリー不足を補充できるかしら?

だって、ミステリアスなものや謎めいたものって、非現実的だとも思えるけど、普通の暮らしでも、頭のいい詐欺師はいっくらでも存在している。

そうした知恵の回る輩を捉えたり、回避したりするにはミステリーの持つ非凡な感性や手法はぜひとも習得してみたかったの。

また、わたしは大の「短編小説好き」だったのを思い出して、アガサ・クリスティーの作品が短編で読める!なんてとても、嬉しくなった。

謎のクイン氏』アガサ・クリスティー著(早川ミステリー文庫)

簡単にレビューしよう。

アガサ・クリスティーが1930年に発表した短編集として三作目となる作品だ。


タイトルがすでに「謎」を彷彿させるが、原題の「The Mysterious Mr.Quin」の方が作品の雰囲気を伝えているかもしれない。


12篇の短篇が収められていて殺人事件を解くだけでなく、恋愛ミステリーと呼んでいいものもある。


12編すべてにクィン氏が登場する。

「黒髪で、陰気で、微笑んでいながら、悲しげ」に見えるハーリ・クィン氏。

彼は実は「探偵」でもないし、この短編集の主人公でもない。

主人公は、69歳の紳士サタース・ウェイト氏である。社交界にも通じる名手だ。

サタース・ウェイト氏のことを、アガサ・クリスティは「暮らしの達人」と称して主人公に据えている。

サタース氏は着る物から食べ物まで暮らしのあらゆることに、洗練された趣味のよさを持っている紳士なのだ。

まさに、「暮らしの達人」だと。

いい名称よね。(わたしもブログの名前を「暮らしの達人」と変えたくなっちゃった・笑)

サタース氏の姿は「人生という名前のドラマの熱心な研究者」であり、その研究の神髄は「人間たちが繰り広げる悲喜劇への並外れた興味」だと言い切る。

そこで、サタース氏が、偏愛ともいえる人間観察を投影させる相手として、「謎深い」クィン氏という同年代の男性紳士を登場させて、数々の殺人事件を解明していく・・・というストーリーだ。

この短編での読みどころは「クィン氏は謎を解かない」という一点だ。

クィン氏の謎ときの方法は、「その人間の持つ印象」に重きを持っていて、それをつぶさにサタース氏に伝えるのだ。

サタース氏も、次第にクィン氏が現われる時は、何か事件が起こる前兆だと考えるようになっていく。

いいや、サタース氏が自己投影した姿がクィン氏で、本当は実在しない人間なのかも・・・。

短編を読み進めると、読み手もサタース氏のようにクィン氏は何者なんだろう?と、思うように仕組まれている、見事な文章マジック!

やっぱり、ミステリーは読み手を騙してナンボ(笑)


 

やった!1076ページの超大作「エヴェレスト・神々の山嶺」を読み終えて/読後レビュー【文化・山岳小説】

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10月12日、図書館でリクエストしておいた山岳小説の大ベストセラー「エヴェレスト・神々の山嶺」を借りたんだ。

その時、1000ページを超えた文庫の分厚さにノックアウト。それだけで1本ブログを書いちゃった。その記事も再度載せておこう。↓

まだ2週間とちょっとしか経過していないのに、エヴェレストの山々に抱かれたかのような本格山岳小説を読破するという「濃い時間」を得られた。まさに戦う読書だった。

1924年、マロリーとアーヴィンがエヴェレスト頂上付近で行方不明となり、登頂を果たしたのかどうか?が謎のままだった、この登山事件を題材に著者 夢枕獏氏は「真っ向勝負」を挑んだ。

徹底した現地取材と構想になんと20年。執筆に3年を費やした超大作だ。

☆彡

• 読後レビュー

迫力満点の描写、読むことがすでに主人公と一緒にエヴェレストを登攀するかのような錯覚を起こさせる名書である。

名クライマーのカメラを偶然ネパールで手に入れたことから始まるサスペンス。そして2人の主人公を支える女性との恋愛劇。

圧巻は、8000m越えからの「登山描写」だ。ただ、本作品を読んでいるだけなのにまるで自分が「氷点下低酸素」の過酷な状況下に置かれてるような錯覚を起こし、感情移入も甚だしいほどだった。

読み終えて、まだ、興奮の残骸が身体にくすぶっている。

この作品のテーマは「人はなぜ山に登るのか?」だ。

なぜ山に登るのか?は、なぜ人は生きるのか?という問いと同意だ。

圧倒的な頂きに立ったからと言って、このテーマの答えは出ない。

山登りも人生も本質は死に際にしかわかり得ないものだろう。

人が亡くなる時、それまでどうしていたのか?ではなく、何かの道半ばだったのかどうか?そういった生き様、道程が大事なんじゃないか?と、著者から突き付けられたと感じた結末だった。

主人公、羽生丈二は天涯孤独の子ども時代を送り、常に人から蔑まれて生きてきた。卑屈極まりない青春のある日、「山を登る」というアクションと出会う。

そこから、彼の持つ強い孤独感が天才と言われるほど独創的なクライミング技術を生み出す。物語のそこかしこに彼のクライミングの描写があるが、どこを取っても鳥肌ものだった。

常に、二人の男(天才クライマー羽生とカメラマン深町)の「ヒリヒリするような」感情の描写に読者は一発でやられてしまうだろう。

そして、山が好きだったら、荘厳で美しい山嶺、ネパールに飛んで行きたい焦燥にかられる。

熱い思いを抱いた男たちの気持ちを胸に、共に挑みたくなるのだ。

羽生が残した手記の最後に書かれていたのは

~強く、こころから思え~という言葉だった。

本当に「追い続けたい何か」があるのなら、心から思い込んで生きろ!という激励の言葉だろう。

圧倒的な熱量が1076ページに詰め込まれている。

著者は「書き残したことはない」と、ペンを置いた。

10月27日は「文字・活字文化の日」~雑誌や新聞、書籍が不調でも「文字」はなくなりはしない~【文化・文字・活字と読書週間】

【ブログ新規追加521回】

• 文字・活字文化の日とは

出版文化の推進を目的として2005年に「文字・活字文化振興法」が制定されたことから、読書週間(10月27日から11月9日までの2週間)の初日を「文字・活字文化の日」とした。

               ☆彡

• 活字と本の話

わたしのまわりには読書好きの人がとても多い。

一方、世間ではこの20年あまり「本離れ」が加速してきた。それは言い換えれば「文字・活字離れ」ともいえるのかもしれない。

特に雑誌全般と新聞業界が厳しい。

インターネットの普及により電子出版やスマホなどのデバイスを介して文章を読む等、昨今では紙を介さない媒体がいくらでもある。

この10年ぐらいで時代が求める本の価値や役割が大きく変わってきているのだ。

しかし、活字=文字という観点から眺めたらどうなんだろう?

メールや仕事上の文書、SNSなど文字を使わない事は日常的にまずないはずだ。

わたしは「本離れ」が起っていると聞いた時点でも、「文字・活字離れ」はないんじゃないか?と考え続けている。それは「文字を読む・書く」という観点では広がりは尽きないからだ。

そして「文章を書く」ことについては無限に書き手を輩出できるのだろうと考える。

一生涯、なくならないであろう文字を紡ぐ事で、文字を容易に文章化できるスキルが身に付いてさえいれば、職にあぶれることがあったとしても、ネットという武器を利用してまず道は開けるだろう。

そのぐらい、文章を「書く」ことは「生きる」ことに直接的に繋がっているものなのだ。

また、読書好きの友人は本を読んで、感銘を受けた部分を小さなメモに書き留めていると聞いた。

数々の本が彼女の心に寄り添い、時に支えになってくれたと語る。

同じようにわたしも本に影響を受け、本によって目を開らかれ助けられ、人生さえ変わった。

もしも、本がなかったら・・・わたしの毎日はどれほど味気ないものだっただろう。

想像もし難い。

• 読むことから書くことを「本気で楽しむ」ようになったきっかけは

2015年6月、友人の兄である小説家の男性を紹介された。

小説家としてというよりは、投資家として成功し、投資塾を運営されていた。小説の精進として、かの森村誠一氏を師匠と仰ぎ、直接作品を見てもらっていたようだった。

小説家と2時間ほど歓談させて頂き、意外なほど巷の文学賞などにはまったく興味はないとおっしゃる姿に俄然興味が湧いた。

「へえ~、じゃあ、何で小説を書いているんですか?」と、わたしはとっさに聞き返してしまった。

小説家は「君ね、文章をこれでもか!っと書いてごらんよ。信じられない世界が広がるんだ。いうなればこころの空間みたいなものが手に入るんだよ!」と言った。

「毎日、仕事ばっかりしてちゃあ、こころの空間は手に入らないよ」「文学賞とはまったく無縁でいいんだ」と。

わたしは、この宝のような言葉を聞き出せて本当に良かったと、今でもしみじみ思い出す。

実はその時、小説家は末期がんの闘病中だった。

奇跡的に回復を遂げて、あくる年には2冊目の小説を出版され、紀伊国屋書店新宿店でフェアも開催された。

もちろん、帯のネームは森村誠一氏が書いてくれたのだ。

この小説家との出会いから、「本気で取り組むことがある人にはちゃんと時間や体という資産を神が与えるもの」だと、強く確信したのだ。

そして、小説家がひとこと「あんた、いい目をしてるね。大病をしたそうだが、病気なんか関係ないよ。ガンガン書いて!」と、言って下さった。

その後、小説家は75歳で天寿を全うしたと友人から伺った。

小説家にひとこと。

「ええ、貴方に教えて頂いたように毎日毎日、ガンガン書いてますよ。作家でもなく、ただの文章好きな物書きですが。でも書けば書くほどこころの空間はどんどん広がりました。驚きですね!「本気で書くこと」の楽しいことったら、ないじゃないですか!!」と、熱く伝えたい。

                 ☆彡

さて、今日から2週間の読書週間には何を読もうかな。

大事な時間を読書に費やすなんて、やっぱり素敵過ぎるわ。

今日は、あと2冊の山岳小説を読破して、明日は全く違う分野の本を探そう。

たったこれだけで「ワクワク」できるんだ。

美味しいスイーツもお酒も本には敵わないよ(笑)


山岳小説の金字塔『エヴェレスト 神々の山嶺』夢枕獏・著(角川文庫)1076ページもの文庫を読み始めた【選書・文化】

【ブログ新規追加506回】

山岳小説を読みたい。

さっそく、夢枕獏氏の超大作ベストセラー『エヴェレスト 神々の山嶺』を図書館で借りた。

みたことのない、その分厚さ! それでも読者の感想では、圧倒的に読みやすく、まるで「こってりとんこつラーメンをペロって食べちゃう」ぐらい読了しやすいのだそうだ(笑)

図書館のカウンターでその分厚い文庫を差し出された時に、あぜん・・・としたよ。

まるで星乃珈琲店の名物ホットケーキか!って。

(画像;星乃珈琲より)

この本を手に入れて、ものすごく読書欲が沸き上がったのは言うまでもない。

しかも読み始めたらするすると物語に入り込んでしまった。素晴らしい読みやすさ!文章の天才!だと感じてしまった。

やばい・・・。

こんな小説に執りつかれてしまったら、それでなくとも仕事が増えて多忙なのに、仕事に行けなくなっちゃうじゃん。

焦る。焦る。

でも読み始めてしまったのだ。1076ページのロングトレイルが始まった。10日間で読了する予定よ。

山をやる人も、山なんて嫌いな人でも(笑)誰にでも読める本格山岳小説だ。

わたしがいくらトレッキング好きでも、8848mのエヴェレストに登りたい!とか、ネパール(カトマンドゥ) エヴェレストの現地まで行きたいとかはまったく考えていない。

そんな登山初心者も、この本を読めばまるで自分も一緒にエヴェレストに登っているかのような錯覚を受けることは間違いない。

なぜ、小説でそこまでの臨場感が出せたのかは、夢枕獏氏のエヴェレスト現地での取材や、数々の著名な登山家への取材力と圧倒的筆力の賜物であろう。

この小説に出会えれば、誰でも世界最高峰の登山疑似体験ができるのだ。

それならやりたい!やらない手はないよね(笑)

で、昨日からまず100ページづつ読み始めたってわけ。

では、文庫の奥付からのあらすじを簡単に紹介しよう。

                ☆

エヴェレスト 神々の山嶺』夢枕獏・著

• あらすじ

ネパール(カトマンドゥ)で、カメラマンの深町は、伝説の登山家である羽生丈二と出会う。

羽生の登山目的とは「エヴェレスト南西壁の冬季単独無酸素登頂」なのだと聞く。

羽生の目的に興味を惹きつけられた深町は、羽生の足跡を追うため、その壮大な挑戦をカメラにおさめようとする。

一方で、「そこにエヴェレストがあるからだ」と語った世界初のエヴェレスト登頂者である登山家ジョージ・マロリー。

しかし、マロリーは登頂後、エヴェレストで姿を消してしまう。その後エヴェレストでマロリーの物と思われる、古いコダックが見つかった。

長い年月を経て、マロリーのコダックを日本のカメラマン 深町が手に入れるのだ。

しかし、そのカメラも現地で何者かに盗まれてしまう。

マロリー自身もコダックも深い闇に葬られてしまうのか。

ただ、ひたすら最高峰に挑む「男たち」のドラマがこれでもか!というほど展開される。

羽生と深町「男の友情」にも目が離せない。

キーワードを上げれば「誰も登っていない山」「誰も登っていないルート」「誰も登っていない時期」「登りづらい山に単独で登る」だと。

なんと、天邪鬼なんだろう。

しかしだ。きっと「男のロマン」を無性に掻き立てるのが神の山「エヴェレストの正体だ。

そして、そこに挑戦を続ける男たちのドラマなのだ。

なぜ、山に登るのか?

そこに山があるから。

(ジョージ・マロリーの言葉)