『山なんて嫌いだった』市毛良枝・著(ヤマケイ文庫)~元祖山ガールたちに出会う週【選書・文化】

【ブログ新規追加472回】

山なんて嫌いだった』市毛良枝・著(ヤマケイ文庫)

• 簡単レビュー

芸能界一の山好きで知られている市毛良枝さん。

日本トレッキング協会の理事を務められていた頃、書かれた名書だ。(今から20年前)

40歳で友人に連れられて登った燕岳(標高2763m)が初登山だったそうだ(驚!)

この登山が女優、市毛良枝さんの人生観を大きく変える。そんな数々のドラマがこの書には淡々とつづられている。

山と出会い、心惹かれてゆく過程を素直に表現された初の書き下ろしエッセイである。

「努力・根性・汗をかくのがキライ!」という大の運動嫌いだった彼女が、山に登ることによってどんどん変化してゆくのが手に取るようにわかる。

初登山の燕岳から、南アルプス塩見岳、八甲田山、安達太良山、八ヶ岳、双六岳、槍ヶ岳、九重山、天城山、キリマンジャロまで、ほぼ10年間の山旅の全貌はもちろんのこと、『山と渓谷』取材の裏話や登山家(故・田部井淳子さんら多数)との交流、今ならSDGsで取り上げられるであろう山岳エコロジー問題、そして、ご自身の内面をつぶさに描き切った渾身の一書だ。

山でみつけたものは、自然の素晴らしさと本当の自分だった」文中より抜粋。

なぜ山に登るのか?山を知りたい人には必見の一書。

                ★

わたしの憧れ・元祖山ガールに会いにゆく

今週、満80歳を迎えた叔母に会いに行った。

平日の午前10時。叔母は家の裏で畑仕事中だった。

実に2年ぶりの再会だ。

叔母は、栗の木の下で雑草と夢中になって格闘している。声をかけたら

「まあ!〇〇子ちゃん!」と懐かしい優しい声で叫んでくれた。(昔のホームドラマの女優さん風できれいなの)

そこから、約100坪(ヘクタールにすると0.0330579・笑)ほどの畑の中を歩きながら、「どーしても話たいことがあるから上がって!」と懇願され、コロナだから「30分だけ」といいながら上がらせてもらった。

どーしても話たいこととは、親戚の方々の近況などだ。それも大事な情報源かもしれないと思い興味を示しながら聞かせてもらった。

叔母はそういえば大の山好きだった。膝や腰を患う前、70歳近くまでは、登山サークルに入って仲間たちと毎週のように山に馳せ参じていた。

そして、客間TVの横にあった「市毛良枝さんの本」のことを思い出したのだ。(※市毛良枝さんは現在71歳。先の「山なんて嫌いだった」を執筆した当時は50歳前後だった)

市毛良枝さんにも深く影響を受けたとも聞いた。

当時59歳だった叔母は「何か新しく挑戦したくて大好きな自然と関われる登山を趣味にした」と聞かされていた。

80歳のプレゼントは何にも持って行かなかった。ただ、元気な姪の姿を見せるだけで充分だと思ったからだ。

今、叔母の関心事はこの2年患っている圧迫骨折を完治させる術を知ることだ。

わたしは母の圧迫骨折を真近で見て介護をしてきたからそのエピソードを話した。そりゃあ、もう真剣に聞いてくれた。

「圧迫骨折が完治したら昔の登山や山行の話を聞かせてね!」と言っておいた。

いつものように、家の畑で収穫したじゃがいもと、たまねぎをいっぱいお土産に持たせてくれた。

叔母に会った日は、もらったじゃがいもをさっそく茹でながら、次の低山ハイクで履くトレッキングシューズの手入れをした。

わたしの憧れる「元祖山ガール」は80歳を迎えた叔母だという話。