『楽園のカンヴァス』原田マハ(株 新潮社)~読後レビュー【選書・ワークスタイル】

【ブログ新規追加551回】

楽園のカンヴァス

あらすじ

ニューヨークで活躍する鬼才キュレーター ティム・ブラウン。

彼はある日、スイスの大邸宅に招かれた。

そこで目にしたのは巨匠アンリ・ルソーの名作「夢」に酷似した作品だった。

持ち主は、ティムに「正しく真贋決定した者にこの絵を譲る」と告げる。そしてティムにてがかりとなる謎の古書を手渡す。

リミットは7日後。

そしてライバルは日本人研究者の早川織絵。彼女はアンリ・ルソーの研究では第一人者だ。

そして、ルソーとピカソ。二人の天才がカンヴァスに籠めた想いとは。

また、ティムと織絵、二人の名キュレーターが一枚の絵を巡り戦いの火花を散らす。

                 ★

読後レビュー

美術史に関する小説の多くはミステリーだ。

以前、山梨県立美術館の所蔵する「種をまく人」ジャン=フランソワ・ミレー作を見に行った時、その絵画の書かれた歴史をひも解いた解説を読んだのだが、美術館所蔵の作品は大変珍しい「唯一、元の版木に描かれた作品」だった。

要するに油絵の場合、絵自体は何度もそぎ落とすことが可能だ。以前、誰かの描いた作品を削ぎ落して上描きすることも当たり前にできる。

例えば「絵そのものに家系の真実を埋め込んで描き、その上から別の「絵」を描いて隠す」など、謎を仕掛けることや真実を迷宮入りさせる」格好の材料となってきた絵画の存在。

今回、読んだ『楽園のカンヴァス』も、まさに「夢」という作品の持つ謎を解き明かすために二人の名キュレーターが火花を散らす。

ミステリー小説としては、かなりスリリングでもたつかず、一気に読める。

著者は小説家以前は学芸員=キュレーター職だったわけで、美術関係の仕事に関するムリやムダの描写が興味深い。

わたしが面白い!と感じたのは、美術館の部屋にそれぞれ配置されている「人」の話だ。

彼らは「監視員」だそうだ。貴重な美術品を人の手から守るために時間ごとに部屋を巡回しながら一日中、世界の名立たる名画との時間を過ごす。

美術館の「監視員」の仕事は、あくまでも鑑賞者が靜かな環境で正しく鑑賞するかどうかを見守ることにある。

解説をするわけでもなく、案内をするのでもない。ただ「この絵の画家は誰ですか?」などの質問には間違いなく答えられなければならない。そのための作品の背景は勉強しておかなければならない。

その場にただ無機質な表情で座っているだけなんて・・・よく美術館で監視員の方々を見かけるのだが、「つまらないだろな」「あくびはかみ殺してるんだろうな」などと色々勘ぐっていた。

唯一の各部屋への移動だけが、音もなく沈殿する空気を攪拌する役目があるようだ。

そして本書では、監視員はキュレーターではないから、普通のアルバイトやパートで募集されているのだと説明がなされている。

しかし、見方を変えれば、美術館の監視員とは「学芸員よりも、研究者よりも、絵画コレクターよりも、誰よりも、名画に向かい続けている人たちなのだ」と言えよう。

~閉ざされた空間に滔々と靜かに流れる時間。朝十時から午後五時までそこから逃れることはできない。まったくの刺激も変化も事件もない。絶対にあってはならないのだ~

どう?こんな仕事は。

とことん、美術が好きで浸りたい方は、ぜひ美術館「監視員」に応募ください(笑)

• 最後に

母と娘の人間模様も読みどころのひとつ。原田マハ氏らしい、スキッとしながらもどこか切ない心の様子が見事に描かれている名書。

晩い秋にはぜひ!こんな美術ミステリーをどうぞ。