【ブログ新規追加626回】
一昨日、PC仕事を終えたところで入ってきたヤフーのTOPニュース。ぼんやりと眺めていたのだけれど、とっても興味深い記事があったので、今日、取り上げてみた。
日テレ、男性アナの枡太一氏が3月で退職と。ふ~~ん、いよいよフリーに転向か?
で、そのままYahooWEBニュースを読んでみたら、なんと大学の研究室に勤務するそうだ。
へえ~~~!いいじゃない!自分がやりたいことをやるための転職だったのだ!
もちろん、速攻で共感!
読んだ記事の中から少し引用してみると・・・
桝アナは’06年に日テレに入社。’11年から朝の情報番組『ZIP!』の初代総合司会として10年間務め上げた。
まじめで爽やか、さらに東大出身の博識ぶりでお茶の間からの人気を呼び、オリコンが主催する『好きなアナウンサーランキング』で’16年から5年連続1位を獲得して「殿堂入り」を果たしている。
昨春から司会を務めている『真相報道 バンキシャ!』の出演は退社後も継続する一方、4月からは関西にある『同志社大学』のハリス理化学研究所で専任研究所員(助教)を務める。
まさに“二足のわらじ”というわけだ。(記事元;https://www.jprime.jp/articles/-/23095週間女性PLIMEより)
記事を読み進めると、な~~んだ!やっぱりフリーアナウンサーになって、番組も担当しつつ、大学で研究も進めるんだね。安定と飛躍を手中にした枡氏。今後も目が離せない(かも)
そういえば、昨年もNHKの近江アナが長年の夢であった「街づくり」をやりたい!と、NHKを退社し、建設会社に就職したという話もあったよね。
「やりたいこと」や「夢を叶える」ためのセカンドキャリアへの転身は、まさに仕事の底辺を広げる意味において社会にも個人にも「Win-Win」の最高の関係だと感じている。
★
ここで、セカンドキャリアを敢行したというか、運命を作ったともいえるわたしの体験を書いておこう。
音楽大学を卒業して音楽教室事業を全国展開している大手の会社に就職した。
その時、思ったことは「これから結婚しても、子育て中も、年を取っても、ずう~~~~っと続けていけるのがこのピアノ教師よね!」と、安心と安泰を手に入れたと思い込んでいた。
しかし、25年間ピアノ教師を勤めて、今ではまったく別の分野である出版社に転職をしたのだ。
それも、ある日突然に。
出会いとか、チャンスって、そうそうあるもんじゃないよ。でも、その日、目の前に転がっていたんだ。「次の仕事に打って出ようと思ったワンシーン」が。
かの芥川賞作家、村上龍氏の新刊「半島を出よ 上・下」の発刊を記念した出版パーティーの参加チケットが当たったのだ。
その日、丸ビルで開催された出版社主宰のパーティー。登壇者の舞台横にずら~~~っと、面陳や平積みされた書籍のブースがあった。そこで働く一人の女性に目が留まったんだ。
その日、村上龍さんはいわゆる「客寄せパンダ」だとご自分を謙遜して表現されていたのは、バイヤーズディ(取引先との企画ものの商談会)を兼ねていたから。
その客先との商談に当たる、ブラックスーツの女性のかっこいいことったらない!
「そうか、出版社ではなにも編集ばかりが仕事ではないよね!」と、出版営業という本を売る仕事を、ピアノ教師を辞めてもやりたい!と思ってしまったんだ。
「こうしちゃあいらんない!」と、一瞬でそう考えて、パーティーを中座し大急ぎで地元の図書館に行き朝日新聞近々の転職情報と、出版関係会社の10年間TOP50社の推移を知ろうと、会社四季報みたいな出版名鑑を手に図書館閉館まで一気に情報を詰め込んだ。
帰宅後、新聞で見つけた一社に速攻で、職務経歴書と履歴書を作成し送ったのだ。熱と力は比例する(笑)
で、その日、朝日新聞でみつけた会社が、現在勤めている出版社だ。
「探す→打信→面接→合格→契約→初営業」この一連をたった一週間で行った。まさに運命的な奇跡の就活だった。
もう、人生のすべての運を使い切ったと、心底思った一件だ。
元々、異常なほど本の虫だったわたしが、本の会社に勤めるなんてなんという巡り合わせだろう。
運命が動いた8月だった。
今思えば、セカンドキャリアが勝手に来てくれたように思うが、そうではないよ。
その仕事のことを知りたい!という熱意だけが己を動かした結果だろう。
あれから14年。現在、また己を(人生を)動かしたい!と、痛切に願っている最中だ。(仕事を変えるわけではないけど)
安定なんか吹っ飛ばすくらいの熱を蓄えて生きたい!と、暑苦しく考えてばかりいる(笑)
さて、3連休。雪大丈夫みたいだから、そろそろ動き出そう!