「人に会うのが、私にとって最大の趣味だと思う。」
田原総一朗 ・ジャーナリストの情報術より 2016年 BRUTUS 6/1号
職場での休憩時によく出る話、「最近、何かやってる?」「趣味は何だっけ」「何かそこそこ続けられる趣味が1つほしいんだけど」等、
何か、やりたいけど、これと言って思いつかないみたいな話に花が咲く。
● 時間を忘れるほど熱中できる趣味が見つかった。それは一昨年のこと。
ブログを書くために、スマホで自前の写真を撮り歩いていた。毎日、営業で出歩いているから、撮るものに困ることもない。そんなわたしを見て夫が、そんなに写真が好きだったら、今、使っていないセミ一眼を貸してあげるよと。
貸す?それはもらったも同然だ。小さめのボディが仕事にも持って行きやすかった。カメラマンではないから、大きなレンズやボディはどことなく気恥ずかしい。
ここから、わたしのマイ・カメラ生活が始まった。ブログに載せるためだけに撮るベストショット。
● 本当の趣味を持ちたいから、こだわり続けることとは
自分のブログや、SNSの投稿ページを一生懸命飾る楽しみに毎日興奮冷めやらず。しかも、わたしのこだわりは、あくまでも趣味の範囲に留まること。
ここを逸脱してしまうと、本来の物書きになるという願望に対して熱中度が下がることや、文章に親しむ時間が減ってしまうという恐れもあった。
だから、躍起にならず撮りたい時に撮って、自己満足の視点で充分だと考えていた。
しかも没頭できることへ。一つ抜きん出たねえ、なんて褒められながらやれたらいいなぁと思うのはわがままかな。
そして、何事もできるようになるまで修行に時間がかかり、好きになるにもちょっと大きな山になるものがいいなと感じていたからカメラはピッタリだった。
ある程度上達したら、他人に提供でき、共有できて一緒に楽しめる時間を持てたらいいとずっと考えていた。
ある日、ふっと2015年にアカウント登録してまったく死んでいた「note」というコミニュケーションサイトを思いだした。
そして、3月24日から自宅待機となった。いったいこの先、どうなるんだろう・・・と、不安が募った。鬱々とした気分を払拭してくれたのは、早朝散歩で撮る一枚の写真だった。
朝の露や霧、朝日なんかをカメラに納めるのが自粛中の日課になった。
そんな時、「note」の企画のひとつに、みんなのフォトギャラリーというものを発見した。昨年から、今、毎日撮っているものと撮りだめてきたフォトを、WEBサイトのnoteに出展するようになった。
無数に存在するクリエイターさんが、作品のタイトルバックに選ぶ一枚になる企画だ。出展数も見切れない枚数が出ている。綺羅星を探すように見つけ出してもらえたら嬉しいな・・・と、こんな心境だった。
予想に反して、3月末から5ヵ月間21枚のフォトで、141作品を飾った。こんな形で趣味のカメラ撮影にもわずかだが、やりがいと他者との作品の共有とコミニュケーションを持てるように変わったのだ。
今は現状に満足してはいるが、趣味って本当に熱意がいるもの。
しかもわたしの場合はコスパ一択なんで。
「虫干しで 思い出そうか 記憶旅」 清流
土用の時期に干して風を通す習慣、記憶もある意味時々引っ張り出して夫婦で確認し合うのもいいかも知れないと思う。その絶好のツールが写真、あっという間に時空を超えて蘇るのだ。
虫干しと記憶を重ねる・・・いい小説の設定になるね。いつか使おう。