【ブログ新規追加157回】
以前のブログに”書く”という作業に焦点を当てた「書くこと自体が発想法」という記事をアップした。
今回は”読む”という行為に注目したい。
● 多角的視野と発想の種が得られるという多読の効き目
機会あるごとに書いてきたが、私の読書法は一度に大量の本や雑誌、新聞などを横に積んで、一定の時間でどんどん読み続けていくやり方だ。だいたい本は図書館で10冊単位で毎週借りる。
本当にほしいものは購入するが、図書館利用は長年の習慣になっている。
でも人から見るとそのやり方は、「キチンと読めてないだろうな」「きれいな写真などゆっくりと楽しまないのはもったいないな」「なんでそんなに一度に読んでしまうんだろう?」など不可解な行動に映るらしい。
自分としては興味のあることがらで関連図書をまとめて読み、ある程度の知識を溜め込んだところで消化しているつもり。
なんら不思議なところはないはずなのに、どうも家族や友人からは”そんなやり方で本当に頭に入ってるの?”と思われているようだ。
しかし、多角的視野と発想の種が得られるという多読の効き目は捨てがたい。
● 音大時代に身に着けた多読のスケッチ法で、本の魅力に盗りつかれた
音大入学当時、わずかな日数で何曲も譜読みをし、ある程度の演奏ができるようにしておかないと、とても授業やレッスンについていけなかった。
通学時間も食事時間も授業中も、いつも楽譜を膝の上に置いて譜面をじっと読み込んでいた。
ある時、先輩から「まさか一音、一音読んで覚えてるの?」と、唐突に言われた。
わたし、「えっ?」
先輩、「絵を書くようにスケッチしたら?」と。
またまた??「・・・」なわたし。
スケッチとはれっきとした手法で譜面を対角線上に眺めて、全体を記憶するというか、目に覚えさせるやり方だ。
細かな部分が多い譜面でも、段の出だしを暗譜すれば、大体のところはOKだ。
だから、すべて覚えてから演奏するわけではなく、覚えていなくても演奏しながら咀嚼、理解をすることができる。
スケッチができるようになってからは格段に音読みが速くなり、また副産物として普通の書物などの読み込みも速くなった。
文章の大量読みは、この頃から当たり前の習慣になっていったのだ。
● 多読を続ける本当の理由
今でも「多読」はつづけている。
それはなぜかというと、読書を経済的行為、または自分への投資活動のひとつと捉えているから。
特にビジネス書は、実務家が自分の体験を中心にして、何年も試行錯誤の上、現在の状況を踏まえたノウハウが詰め込まれている。
それを、数千円のコストと数時間の合間で巡ることができるのだから、実に利にかなった自己投資方法だと感じるのだ。
「1日30分をつづけなさい!」(古市幸雄・著)に「私たちは数年前の過去の蓄積で、現在の収入を得ている」と。また「今、勉強しなければ5年後、10年後が危ない」と書かれていた。
かなり前に読んだ時は「ふふ〜ん、すでにやっているし!」などど上から目線で読み下していたが、今、歳を重ねてきてみるとぐっと、蓄積が減ってしまったようで不安な気持ちが湧きあがる。
新たなインプットをしなくちゃ!と焦り気味になるこの頃だ。
● まとめ
なんといっても読書が大好きだし、これから先も「多読」の習慣は生活の最優先事項になるだろう。
ともかくもビジネス書を読む本当の理由は、仕事に活かすだけでなく、「いかに自分を良い方向に変化させるか」という私の人生のテーマと一致している。
これからも人の経験が効率よく活かせる「多読」を繰り返し、仕事も楽しくスムーズにいくように行動範囲を広げ、人脈を深めて人生に余裕を持ちたい。
どんどん新しい挑戦をして、好循環の毎日にしていきたいと願っている。最後に「フォーカル・ポイント」の一節を紹介しよう。
あなたの行動のほとんどすべて、少なくとも95パーセントは、あなた自身の習慣によって決まっている。「フォーカル・ポイント」ブライアン・トレイシー・著(ディスカバー 出版)
「読み方は いろいろあれど 羊雲」 清流
羊雲はまだまだ鰯雲になれない低く厚い雲。積読週間が当たり前になったひつじの私は、多読・乱読が必然。早く鰯になるため、本の種類で読み分ける仕組みを考慮中!